2017年5月4日木曜日

島田牙城「葱抛りこめり花見の焼うどん」(「里」NO.170)・・



「里」2017年5月号・NO.170の特集は、先に刊行された「島田牙城散文集『俳句の背骨』に肉を與える」である。執筆陣は筑紫磐井「俳句に背骨はあるか?」、堀田季何「牙城の背骨あるいは仙骨について」、堀下翔「人間くさいー『俳句の背骨』雑感」、「島田牙城への十の質問」、質問者は佐藤文香、黄土眠兎、望月漣音、加えて「自問」があるのが牙城らしいし、けっこう「自問」が多い。牙城自身が一番聞いてもらいたかったことと、是非、答えておきたいという希望がそこにある。因みに十番目の問い「この本で結局何が言ひたかつたのですか?」について、

 疑ふつてなんとなくいやな言葉だけれど、「それ、何ですか」といふ、子供心のやうな好奇心なんだらうねえ。
 若い人に言ひたいんだ。教はるな「疑へ」つてね。
                (愚生 注、ふつうの文章まで歴史的仮名遣いだから、うまく変換しなくて引用も疲れたよ・・これって何?疑いたい???)

と結んでいる。
特集中では、筑紫磐井の愛情あふれる以下の記述は、島田牙城に相応しい。

  書名の俳句の「背骨」はむしろ反骨に近いのではないかと思う。大唐の詩人李白には腰に「傲骨」という余計な骨があってそれがぶつかって、人に頭を下げられなかったと言う。これが原因で追放され、漂泊し、客死する。牙城はこれに近いかも知れない。だからその反骨的内容から言えば、牙城の職業はむしろ革命家に近い。かばん一つに爆弾を入れて旅立つナロード二キだ。

「里」には、けっこう注目すべき俳人が多いのだけれど、ここでは「豈」同人のよしみで媚庵こと、藤原龍一郎の句を以下に挙げておたい。

    ランチまず選びあぐねる新社員       媚庵
    スタメンに移籍の選手万愚節   

(そういえば、藤原龍一郎こと藤原月彦に手づから、出たばかりの『王権神授説』(深夜叢書社)を恵まれたのは、東中野駅近くの喫茶店だった。もう40年くらい?前のこと)。

★閑話休題・・

 昨日、浅沼璞の「俳諧無心」の連衆に江古田で会う機会があって、浅沼璞から、ブロブに色々俳句の思い出話を書けと言われ、つまりは想い出話が出来るくらいに歳をとってしまったというわけなのだが、忘れっぽい愚生でも、あの時はこうだったと思い出したことなどは、できるだけ、牽強付会で話しておこうかと考えたところだ。
で、まず島田牙城についてだが、彼が波多野爽波の紹介で、今は無き牧羊社「俳句とエッセイ」に勤めていたことがある。その雑誌に愚生が飯田龍太論を書かせてもらったことがある。担当者が牙城だったのだ。実は、それが、愚生が総合俳句誌に文章を書かせてもらった最初だったのだ。坪内稔典の「現代俳句」に龍太論を書いたことがあったので、たぶん坪内稔典が愚生を「俳句とエッセイ」の編集部に紹介したのだと思う。




   

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