2022年5月17日火曜日

大牧広「沖縄を捨てる人居て春寒し」(『大牧広全句集』)・・


 『大牧広全句集』(ふらんす堂)、栞文は高野ムツオ「すててこ俳句礼讃」、能村研三「「父寂びのこころ」、櫂未知子「語り切れなかった思い」、関悦史「気分に染みとおる社会」。既刊10句集に、『朝の森』以後の作品を加えた、4176句を収録。『朝の森』以後の中には、ふらんす堂のホームページに一年間日々連載された「俳句日記2018そして、今」を収録。他にエッセイ、自句自解100句、さらに句集解題は仲寒蟬、小泉瀬衣子編による年譜を収載し、大牧広のほぼ全容を知ることができる。帯の惹句には、


 能村登四郎を師としし人間の肌触りを大切にする抒情性から出発した大牧広は、したたかな批評精神をもって戦後日本をみすえた昭和一桁生まれの俳人である。その俳諧魂(スピリット)は屈折した哀愁をただよわせ、悲しみの眼差しをやどす。一介の庶民であることの誇りを失わず、時にその怒りを作品にぶつつけつつ都市生活者として生き抜いた一俳人の全句集である。


 と記されている。愚生が大牧広に直接お会いして以後、ことあるごとにお付き合いをいただいたが、その最初は、たしか現代俳句協会の通信講座の講師を共に務めることになったときだ。また、「俳人九条の会」の呼び掛け人に要請されたのも、大牧広の直接の誘いによるものであった。あとは愚生が月刊「俳句界」の仕事をしていた時は、金子兜太との対談をしていただいたこともある。全句集「あとがき」は仲寒蟬がしたためていて、その結びには、


 平成三十一年四月二十日に大牧先生が逝去されて三年が経過しようとしている。実はその丁度一か月後に筆者の父も亡くなった。同じ昭和一桁生まれということで、筆者にとって二人はかさなる。先生の句業を読むという行為は父の生きた時代を知ることであり、ひいては自分の育った時代を見直すことにつながる。

 どうか多くの人に読んでいただきたい。大牧広が再興を望んだ新しい時代の社会性俳句を志す人も、そうでない人も、この全句集によって大牧広の句業をもっと身近に感じていただければと願っている。


 とあった。ともあれ、以下に、最晩年の『朝の森』以後のなかから、愚生好みになるが、いくつかの句を挙げておきたい。


      一月一日(月)(2018年)

  太箸といふ厳粛をいまさらに         広

     十二月三一日(月)

  なんとなく心締まりて大晦日

  三伏や文法説くに居丈高

  海を見る分だけ空けて夏帽子

      沖縄戦を朝の森

  揚花火芸術のごと見る勿れ 

  絶筆となるまで書かむ百千鳥

     第十句集「朝の森」上梓

  退路絶つ思ひに満ちて冬桜 

    「港」終刊

  めつむりて皆に詫びたる春夜なり

  妻が来て帰りて泣きしほととぎす

  あゝと言ひあとは無言や花の下

  戦中の夢ばかり見て明易し 

  

 大牧広(おおまき・ひろし) 1931年4月12日~2019年4月20日、享年88.東京府荏原区(現・品川区)生まれ。



    撮影・中西ひろ美「梅雨らしくしているけれど走り梅雨」↑

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