2022年8月19日金曜日

井口時男「秋出水かけ橋いくつ途絶えたる」(『その前夜』)・・


 井口時男第3句集『その前夜』(深夜叢書社)、帯には、


 その前夜(いまも前夜か)雪しきる

 世界やはらげよ雨の花あやめ


 微かに聞えるエコーを掬い、共振しつつ紡がれた十七音ー—

 〈俳句と自句自解によって織りなす作家論〉という画期のスタイルで、

 室井光広、河林満という2人の作家を見事に描出したエッセイも収載、

俳句表現の新たな可能性を開く第三句集


とある。また「あとがき」には、


 三部仕立てて構成した。第一部は単独句、第二部は連作句、第三部は旅の句。それぞれ句作の意識が少しずつ異なる。各部内の句はほぼ作成順に配列した。(中略)

 私自身の俳句観でいえば、『をどり字』の帯に書き、「わが俳句ーあとがきを兼ねて」で敷衍した「俳は詩であり批評である」という信念の特殊な実践の一例である。

 文章の全体は、主として自句自解(時に戯解)のつづれ織りの形をしているが、私にとっては新たな俳文の試みである。私は、例えば芭蕉が旅をしつつ文章を書き句を詠んだように、室井光広(そして河林満)という作家の作品を旅しつつ句を詠んだのだ。


 ともあった。


             「東京新聞」8月17日(水)夕刊↑

  また、東京新聞夕刊「大波小波」には、(喉仏)氏によって、「その前夜」の句には、「あたかも、ウクライナの悲劇を見据えて詠まれたかおようだ」とあり、その結び近くから、


 それ以上に本書で異彩を放つのは、俳句を交えたエッセー「追悼句におる室井光広論のためのエスキース」だ。二〇一九年に亡くなった室井は井口の二歳下。「あんにゃ」と慕った井口に倣うように彼も「隠遁」した。畏敬の念で結ばれた同志への、深い洞察と愛惜が伝わる。手応えがあったらしく「あとがき」で「前例のない画期的な試みだろう」と自負している。まだまだ批評家の野心は旺盛にたぎっているようだ。

 

と記されている。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておこう。


    〈広島や蛇の蛻(もぬけ)の目のドーム〉

      中川智正(元オウム真理教信徒。「ジャム・セッション」第13号より)

  虚に殺し実に殺され夏の月

    二〇一八年七月六日、オウム真理教麻原彰晃ら7人死刑執行。中川智正もその一人

   だった。七月二十六日、残り六人執行。計十三人。地下鉄サリン事件の死者十三人。  

   彼らは虚誕の物語を信じて人を殺し物語を失って処刑された。では、我らはいかなる   

   虚誕の中にいるのか。


     己が名によるアナグラム

  まゝよ痴愚沖いと遠く霧(き)らふとも

  紅灯に吹き寄せられて寒の塵

  ふらこゝや首吊り男はいまも二十歳

  踵病み鬱々われは梅雨の象

  銀河流れよ廃墟も青き水の星

  匍匐して花野に斃れ帰らざる

  鵙の贄なほあざらかな耳と舌

  ひきがへる他人ばかりの死者の数

  シベリアの朽木焚かん魂迎へ

    父は四年三ヶ月シベリアの収容所に抑留された


    (前略)彼はまさしく「よく隠れよく生きた」。

  断腸花骨を拾いに行く朝の


 井口時男(いぐち・ときお) 1953年、新潟県(現南魚沼市)生まれ。



      撮影・鈴木純一「ぬけがらの中は明るい蟬しぐれ」↑

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