2022年8月24日水曜日

魚住陽子「雨鷽のゐてたましひの端つつく」(『透きとほるわたし』)・・


  魚住陽子遺句集・鳥居真里子編『透きとほるわたし』(深夜叢書社)、跋は正木ゆう子「『透きとほるわたし』に寄せて」、鳥居真里子「編集にあたって」、「あとがき」は、夫君の加藤閑。その中に、


 ここで魚住陽子が四〇年近くにわたって闘い続けた病気のことを書いておきたい。小説にせよ、俳句にせよ、彼女には、病気があったからこういう表現を選んだと考えられる部分が少なくない。(中略)

 透析から一五年近く経った二〇〇四年、わたしをドナーとして腎臓移植に踏み切った。医学は血液型の違う腎臓を移植できるまでに進歩していたが、免疫抑制剤による副作用の苦しさは想像以上のものだった。それでもこれによって、あれほど辛かった透析から解放されたのは事実だった。

 わたしたちは移植された腎臓に「ジンタロウ」と名付けて大切にすることにした。(中略)しかし移植腎には寿命があり、ジンタロウも徐々に徐々に数置を悪化させていった。(中略)

 透析に戻ってしばらくすると、新型コロナウィルスの流行により、外出がままならなくなった。特に透析で定期的に病院に行く身としては、感染は絶対避けなければならない。それでも彼女は、流行が治まったら出かけたいと、ブルーのコートを買い、白いリュックを買い、グレーの帽子を買った。しかし、それは叶わぬまま、彼女は死を迎えた。リュックと揃えて注文した靴が届いたのは死の翌日だった。


 また、正木ゆう子の跋の終り近くに、次のような箇所がある。


 『水の出会う場所』(愚生注:魚住陽子の小説名)に主人公が思いを寄せる泉という女性の俳句観が述べられた箇所がある。美しいその一文は魚住自身の俳句観でもあるだろう。


 五・七・五という透き通った言葉の器ならば、もしかして水の模様をすくい取れるのではないか、そんな気がした。なんでもない日常語がカットの仕方で鋭く光る。想像を縒り合わせ、イメージを研磨すると妖しい輝きを放つ。記憶の水底を覗くと見たこともない異界の景色が写っていたりする。私にとって俳句は、ずっと以前に諦めていた水の模様を写し取る魔法のようだ。


 集中には、句集名に直接、因む句はなさそうである。ただ、透き通るをモチーフにした句は、


   透き通るものみな好きで蕪煮る     陽子

   枇杷包む和紙透けている卒哭忌

   冥界の戸の透き通るまで月鈴子

   胡桃の木あちこち透けてくる世界


 などがあった。また、遺句を編纂した鳥居真里子は、


(前略)新旧の仮名遣いしかり、有季無季しかり。窮屈そうなそうした境からしばし解放することで、魚住陽子独自の表現が動き始める。奇抜な比喩や特異な漢字の斡旋も、却って一句に落ち着きをもたらしている。小説家魚住陽子が紡ぎ出す十七音。それは死の影を忍ばせながらも、生きる刹那の真摯な眼差しに溢れていた。作者の魂が宿る一句、一句はまさしく自身の生そのものであった。


 と記されている。ともあれ、愚性好みに偏するがいくつかの句を挙げておこう。


  夜濯ぎや頭なきもの濡れてをり 

  冬落葉なにかと言うとすぐ眠る

  抱卵やこの世に生きぬもの動く

  目を入れて雛はさまよう人となり

  泣き虫が生まれかわって草雲雀

  冬の日の丸ごとありて腐りたる

  小説と火を焚く時間終りけり

  枯蔓を引く今生のしつけ糸

  ぎしぎしの土手に父ゐる昼の月

  手をついてこの世に戻る草滑り

  翻る国旗の裏の露無限

  早世の露の世というカルタ切る

  蓮の実の飛ぶ音耳に入れて老う

  遠雷の轟轟(とどろとどろ)と死の準備  

  

 魚住陽子(うおずみ・ようこ) 1951年、埼玉県生まれ。


  

         芽夢野うのき「蓮の花陰はひかりをつつむ嘘」↑

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