2018年12月5日水曜日
桑原三郎「レコードに一本の溝敗戦日」(『自句自解ベスト100桑原三郎』より)・・
『自句自解Ⅱベスト100 桑原三郎』(ふらんす堂)、巻末に「俳句を作る上で大切にしていること」が掲載されている。桑原三郎の作句工房と言おうか、俳句に向かう姿勢が
よく理解できるもので、実に興味が尽きない。短いながら、おおよその俳句というものは、いったいどのような形式であるのか、端的に明示されている。当然ながら自句自解のそれを読むと、桑原三郎の人となりまでが髣髴とする一書だ。例えば、ブログタイトルに挙げた「レコードに一本の溝敗戦日」では、
最近マニアによって多少人気が出たというが、レコードは新しく売りに出されたCDに押され、なくなりつつあるという。しかし、その昔、レコードは当時の若者と言わず、人々にとって身近な音楽文化を享受する大きな手段であった。そのレコード盤の溝はSPにしろLPにしろ、円盤のなかに一本の溝があるだけのもの。そう言えばあの玉音放送もレコードによるものだったという。
そして、あの戦前の軍国主義のまま突き進んだこの国の体制もまた一本道を行ったのではなかったのか。
戦前の一本道が現るる 三橋敏雄
それにしてもCDには溝などないようだね。
(「犀」平成25年)
という具合である。また「俳句を作る上で大切にしていること」の中で、最近の若い人達のあいだで文語体で旧仮名遣いを使用して作句している人たちが多いのではないかと言い、先輩俳人がそうしているから、という安易な選択ではなく、
俳句は非常に型、或いは枠に嵌められた形式のように感じられます。実際、そういう面
はあるのでしょうが、その型、枠を破るというのは大変なエネルギーが要ります。せめて枠や型の隙間を探して、そこから自分自身の表現を作り出して行くしかありません。いい作品は突然天から降って来るものではなく、そうした形式の隙間やずれからはみ出したものを探し、拾い上げる努力、他人の目を意識しない覚悟というか、強い意思に支えられて作品化されるものと思います(口で言うのはたやすいですが)。
といい、いずれの仮名遣いを選択するにしても、覚悟が大切だと述べてもいる。ともあれ、集中より、句のみだが、いくつかを挙げておこう。
倒れしは一生涯のガラス板 三郎
天高し一本道がやや曲り
弟よ一銭玉を摺り写し
灰となる新聞紙のかたちかな
壁抜けて幽霊はもう死ねぬなり
麦こがし人に遅れず笑ふなり
牛蒡掘る山本紫黄似のをとこ
包帯の下に人肌ももさくら
膝元に風の流るる門火かな
月面に影の地球や雁のこゑ
桑原三郎(くわばら・さぶろう) 昭和8年、埼玉県生まれ。
撮影・葛城綾呂 冬来たる↑
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