2021年7月12日月曜日

前田霧人「ふるさとの家は更地に水の秋」(「新歳時記通信」第12号)・・・


 「新歳時記通信」第12号(編集・発行 前田霧人)、毎号が労作で、本号も457ページの大部の誌である。第一部に「暦と天地」の第一章に「暦」の解説、第二章~第六章「季節区分・春夏秋冬新年」、第七章に「日」、第八章「月」、第九章「星」、第十章「地」、第十一章「水」と続き、近年の例句も豊富である。巻末に、膨大な主要文献、参考文献、主要歳時記一覧などが付されている。「後記」によると、


 (前略)本号の内容は、暦の基礎から、二十四節気七十二候の沿革、明治改暦、太陽暦歳時記の誕生と成熟までを明示した上で、前号までの内容を除く時候、天文、地理の季題一式を解説し、単行本版各論編の第一部となるものです。(中略)

 本号は約二百部、俳人の方以外への謹呈の予定はなく、また、つて、あてなどありませんが、何とか脱稿までに、出版社が見つかればと思っております。(中略)

 最後に本号のトピックスは次の通りです。(中略)「彼岸潮」は定説の重大な誤りを正すもの、その次の「秋の水」、「秋出水」、「出水」は互いに不即不離の成り立ちを詳述するもので、是非ご参照下さい。


 とある。また、その内容の結論は、気象学のデータを参照しながら、


 378~380頁、「彼岸潮」は春、秋彼岸の頃の大潮で、一年中で最も干満の差が大きいとする説は赤道上の話で、中緯度の日本では、全国的に、むしろ、夏、冬の頃の大潮の方が春、秋の頃の大潮よりも干満の差が大きい。(中略)

 396~401頁、「秋の水」、「秋出水」「出水」の成り立ちは互いに密接な関係にあり、「専ら澄(すむ)心」が本意の「秋の水」が江戸期に「秋出水」の本意を付加し、明治期に「秋出水」の本意が独立して季題「秋出水」となり、「秋の水」は「専ら澄(すむ)心」の本意のみに戻り、更には「秋出水」傍題の「出水」が夏に季を変え独立する過程を詳述する。

 そして、その中で、虚子は季題「秋出水」、夏の季題「出水」の誕生の両方に深く関わっている。


 とも記されている。さらに、創刊号は2008年4月、それから13年が経っているのだ。


 今後は、これまで書いたものを、凡例に基づいて書式を統一し、その後の資料を加え、筆者の考え方の変化も加味して、本号の第一部に続く気象、風、琉球の各論編各部、総論編を全面的に書き直し、脱稿までに、おおよそ三年、出版までに二年、計五年、筆者の年齢が次の大台に乗るまでに、を目途に進めてまいります。


 と言う。大台とは傘寿であろう。見事な心ばえである。敬意の他はない。健康に留意され、ひたすらな健筆を祈るのである。ともあれ、例句から、いくつかの句を紹介しておこう。


   彼岸潮とおほくに見えて父祖の墓      柴田白葉女

   彼岸潮白浮びきて海女となる         鈴木鷹夫

   焼き玉の匂ひ舳先に彼岸潮          鷹羽狩行

   砂山に四五人現れぬ彼岸潮          桂 信子

   ゆくひとへまこと一勺朱夏の水        加藤耕子

   夜も昼もくるぶし過ぎる夏の水       宇多喜代子

   生はとく死は歴(へ)て告(つげ)よ秋の水    白雄

   秋水のなかにゆつくり指ひらく       正木ゆう子

   水の秋ローランサンの壁なる絵        高 篤三

   水澄みて至るところに水の傷        杉本青三郎

   水澄むや宇宙の底に入る私          神野紗希

   金色の鯉をつれ去る秋の水          杉山久子 

   幾人のわれもて埋めん秋の潮        高山れおな

   いちにちのひかりがあそぶ秋の川       飯島晴子

   秋の潮しばらく息を吐かずにおく       佐藤文香

   秋出水島田金谷(しまだかなや)の秋出水    東洋城

   ほつてりと没日(いりひ)ありたる出水村   山尾玉藻

   うつくしき腕見えてゐる出水かな       岸本尚毅

   洪水に大地果てしなく生まれ         和田悟朗

    


     撮影・芽夢野うのき「海菖蒲の雄蕊に目鼻つけたしよ」↑

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