2021年7月9日金曜日

宇佐美魚目「冷えといふまつはるものをかたつむり」(『宇佐美魚目の百句』)・・・

 


 武藤紀子『宇佐美魚目の百句』(ふらんす堂)、巻末の「美を求めて」には、


 (前略)魚目は、ギャルリー・ユマニテで香月の絵を一枚買っている。「舟上」というその作品は、黒い舟の上に黒い人間が乗っている。五人目は右手だけが描かれ、手を振っている。他の四人はみな、腕を組んでいるのだ。

 この舟に乗っているうちの一人は、実は僕なんだと魚目はよく話していた。魚目が敬愛していた香月泰男の言葉がある。

「一瞬に一生をかけることもある。一生が一瞬に思える時があるだろう。」

夜明けの暗い空に真っ赤な太陽がのぼる。

死者はその太陽の下に葬られるのだ。

 あかあかと天地の間の雛納       魚目   (中略)


 句会で誰かが「どうして自分の句がとられなかったのですか」とか「どこが悪かったのですか」などと聞いても、虚子は完全に無視して、そんなばかなことは聞くものではない、句が悪いからとらないのだとばかり、にらみつけていた話も聞いた。それ以来私達も、気楽に質問するということはなかった。

 俳句は教えてもらうのではなく、自分で考えるものだとつくづく思い知ったのだった。(中略)

 高村光太郎の彫刻も、香月泰男の絵画も、高浜虚子の俳句も、それぞれに美しい。

 何か根源的な厳しさを持った美しさがあるように感じられる。

 魚目に強く惹かれたのは、この美というものではないかと私には思われるのである。

 冬の厳しさ、冷たさ、純粋さを持った美なのである。


 とあった。愚生も若き日、香月泰男にはもちろんだが、野見山朱鳥とともに宇佐美魚目に魅せられていた時期があった。愚生の故郷・山口県長門市には香月泰男美術館があり、是非一度伺いたいと思いながら、帰郷することもなく半世紀以上。まだその望みを果していない。ともあれ、本書より、句のみになるが、いくつかを挙げておきたい。


  白湯吹いてのむ春風の七七忌       魚目 (朱鳥を悼む)

  雪吊や旅信を書くに水二滴

  東大寺湯屋の空ゆく落花かな

  初あらし周防に一つつらき墓      (香月泰男の墓)

  雪兎きぬずれを世にのこしたる

  死はかねてうしろにされば桃李

  棹立ちの馬の高さに氷るもの

  雪解山描くに一本朱をつよく

  それぞれに火桶青年爽波あり

  うきくさや密教どこか赤く揺れ

  二ン月やうしろ姿の能役者

   祝・圓座創刊

  一山の鳥一つ木に秋の晴


 武藤紀子(むとう・のりこ) 昭和26年、石川県金沢市生まれ。



     撮影・鈴木純一「更地にはアレチノギクもまちわびて」↑

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