松野苑子第3句集『遠き船』(角川書店)、その「あとがき」に、
(前略)『真水』上梓の後、東日本大震災、俳句へ導いてくれた母の死、新型コロナウイルスの蔓延、乳癌の手術と続き、『方丈記』の「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水のあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる試しなし」の言葉が身に沁みます。
けれど、青く輝く星の地球、その中の水と緑と四季に恵まれた日本に生まれ、最短の豊かな詩である俳句に出会えた幸せと、出会えたことで、この世に生まれた喜びも意味も深くなったという思いは、変わることはありません。
と記されている。集名に因む句は、
春の日や歩きて遠き船を抜く 苑子
であろう。ともあれ、愚性好みに偏するが、幾つかの句を以下に挙げておきたい。
仔馬いま脚Xに立ち上がる
海鳴りの寂しさ集め草氷柱
コスモスの隙間の空気くすぐつたい
蛇のあと水に模様のあらはるる
耳鳴りの呪文の中を去年今年
緑さす泡吹き虫は泡の中
草笛に草の味してまだ鳴らず
数えへるとすぐ散る雀原爆忌
母(享年九十六)
息せねば母は骸や夏の月
満月の夜の体を洗ひけり
一本の後ろ無数の曼珠沙華
手に受けて形代のその薄さかな
松野苑子(まつの・そのこ) 1947年、山口県生まれ。
撮影・中西ひろ美「のらぼうが花を咲かせて隠元忌」↑
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