林桂選編・俳句詞華集『鍾愛百人一句』(鬣の会・風の花冠文庫)、その「鍾愛百人一句覚書」になかに、
(前略)つまり、これは一般的な作者の代表句を並べようというような試みではなく、個人的な「読者」としての喜びの体験を収集しようとするものである。そして、できればそれをシェアしたいという願いを込めた宝箱である。もっとも、子どもの宝箱は、宝箱に入れることで石も玉になる魔法がかかっているが、ここにはそんな魔法はかかっていないことは承知している。読者の判断をあおぐ次第である。(中略)
読者の「読み」を邪魔しないように、敢えて鑑賞文等は付さないこととした。(中略)
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雪はげし抱かれて息のつまりしこと
高校一年の英語の授業だった。あるとき突然青年教師Kがこの句を板書した。Kには吃音があり、それが聞く生徒に適度の緊張感を生んでいた。到達度別クラス分けで、学習塾もない田舎のわが中学出身者は、殆どが下位クラスに在籍するというレベルで、そのクラスの一つだった。(中略)
俳句が好きな者はいるかという質問に私は挙手しながら、思わず誰の句か質問を返した。kはにやりと笑うと、オレの句だよと言って、英語の授業にかえってそれきりだった。
とあった。ともあれ、集中より、句のみになるが、いくつかの句を挙げて紹介しておきたい。
夢の世に葱を作りて寂しさよ 永田耕衣『鹿鳴集』
限りなく降る雪何をもたらすや 西東三鬼『夜の桃』
北風の少年マントになつてしまふ 高 篤三『少年河童』
しんしんと肺碧きまで海の旅 篠原鳳作『海の旅』
日と夜と同じ永さや切りの花 伊藤信吉『たそがれのうた』
山鳩よみればまはりに雪がふる 高屋窓秋『白い夏野』
天上も淋しからんに燕子花 鈴木六林男『国境』
灰色の象のかたちを見にゆかん 津沢マサ子『楕円の昼』
野菊まで行くに四五人斃れけり 河原枇杷男『烏宙論』
返す書へひとひらはさむ薔薇が欲し 小檜山繁子『流沙』
流すべき流灯われの胸照らす 寺山修司『花粉航海』
枯蓮は日霊(ひる)のごとくに明るけれ 安井浩司『密母集』
空たかく殺しわすれし春の鳥 澤 好摩『印象』
だれもついて来るな双樹に雪が降る 永井陽子「歯車」99号
致死量の月光兄の蒼全裸(あおはだか) 藤原月彦『王権神授説』
林桂(はやし・けい) 1953年、群馬県生まれ。
撮影・中西ひろ美「一生は祭のごとしといつ言はむ」↑
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