森賀まり第3句集『しみづあたたかをふくむ』(ふらんす堂)、集名について、その「あとがき」に、
水泉動(しみずあたたかをふくむ)。新年が明けて大寒の少し前の時候である。
暦の中にこのことばを見付けたときなつかしくなった。
私の生家は四国石鎚山の登り口に近く、湧き水を水源とする地にある。凍るような朝は蛇口を開け放ち、水が温んでくるのを待ってから顔を洗った。
七十二候を眺めるに、その多くがふとした気づきを誰かがつぶやくようだ。なかでも玄冬の底に置かれたこの語にひかれる。水の温度はほとんど変わらないのに、いっそうの寒さがはじめてその温みを気づかせる。ひらがなに開いてみると、その先の春を待つ心がより感じられるように思った。
とある。ともあれ、愚生好みに偏するが、集中より、いくつかの句を挙げておきたい。
綿虫や豆腐は水を見つつ購ふ まり
春風に背中ふくらみつつ行けり
烏瓜の花が黙つてついてくる
こほろぎの滴のごときかうべかな
札納人の中より手をだしぬ
帷子の何も握らぬこぶしかな
生身魂返杯眉にかかげたる
大年のその日へ花の届きけり
押すとなくころがすとなく恋の猫
夏蓬真白でもなき白を着る
鬼灯をあげようと言ひくれざりき
母は
灸花聞こえざるときわれを見る
白桃や過去のよき日のみな晴れて
梅真白その奥に泥舟がある
シクラメン灯りつけても暗かりき
橋よりも低く花火の上がりけり
森賀まり(もりが・まり) 1960年、愛媛県生まれ。
撮影・鈴木純一「さあ入れ大きな蕪を抜いたなら」↑
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