2015年6月18日木曜日

和田悟朗「瞬間はあらゆる途中蓮ひらく」(『疾走』)・・・


和田悟朗句集『疾走』は第12句集として400余句、平成23~26年までの句を収めるが、生前、纏められていた集であり、このたび上木された『和田悟朗全句集』(飯塚書店)の巻頭に収められている。編者は久保純夫・藤川游子。その『疾走』の「あとがき」の中には「宇宙に水はどれほどあるだろうか。われらの地球にも満満と水は充ちている」としたのちに、以下のように記している。

 ところが、、水は他の多くの物質と異なって、特異な「熱力学的性質」を持ち、とくにその温度範囲が、人間が安全に暮らしたい温度範囲となっている。そのために、厄介な気象を生じている。
 ーーそんなわけで、ぼくにとって興味深深の「愛する水」なのだ。

栞文は愚生の他に、橋本輝久・四ッ谷龍・妹尾健・高岡修・寺井谷子・久保純夫である。また「自筆・和田悟朗年譜」とあるので、「平成二十七年(二〇一五) 九十二歳 二月二十三日、肺気腫のため永眠」の項以外はすでに出来上がっていたのであろう。自身で全句集の装丁の色見などもして、了解されていたようである。そうなると、和田悟朗に、しばらくのわずかの時間が与えられていれば、本全句集の出来上がりを手にしていたはずである。
絶筆は、平成27年2月19日の次の句である。

   うす味の東海道の海しじみ汁         悟朗

気になる一句は、久保純夫の弔辞にあった「弁慶も六林男もたったままわれもまた」の句が、句集では「弁慶も六林男も立ったまま」であること・・。どちらも捨てがたいように思ったが、心の在り様の現われかたが少し異なる(和田悟朗が「われもまた」を自身が出過ぎだと嫌ったのかも知れない)。

ともあれ、このたびの全句集の開版を慶び、冥福を祈りながら、最新句集となるはずであった『疾走』からいくつかの句を挙げる。

        東北大震災
   空劫の大地の上に彼岸来る
   竜巻の脚垂れて来る亡き人よ
   本当は迷える地球夏に入る
   セシウムの減衰おそし燕来る
   鰯雲地球の水に流れおり
   太陽は動かず蝶は蝶を追い
   高齢は病いにあらず朴の花
   水中に水見えており水見えず
   メロン汁は命の水・最期の水
   泥まみれ爆弾浴びしわが終戦


                 
                 キョウチクトウ↑


0 件のコメント:

コメントを投稿