2017年4月3日月曜日

攝津幸彦「南国に死して御恩のみなみかぜ」(『俳句という他界』より)・・



関悦史『俳句という他界』(邑書林)。著者「あとがき」に、

 本書は私の最初の評論集となる。この中で最も古い原稿は二〇〇六年の「幸彦的主体」である。

  と記され、本書に収められた一番最近のものは、初出一覧によると、「朝日新聞」二〇一四年十二月八日朝刊「歌壇俳壇」欄の「渡辺白泉の『不思議な町』である。最近、最新といっても三年以上以前のことになる。
約10年ほど前の、「幸彦的主体」の部分には以下のように述べられている。

 抽象語が肉体性を帯びているのではない。幸彦句においては具体物をさす語が、全て透明にしなやかに抽象化されているのだ。原初的な記憶にもぐりこみ、郷愁に濾過されることによって。
 《南国に死して御恩のみなみかぜ》における天皇もそうした晒しあげられた官能的な抽象である。のちに『陸々集』に収録される日記連載中の幸彦がたまたま昭和天皇の崩御に接し、この時事を句に取り込めなかったのは当然であった。

 そしてまた、渡辺白泉『不思議な町』では、以下のように記す。

  戦争が廊下の奥に立つてゐた

気づいたときに戦争は、暮らしにも内面にも立ち混じっている。いや国民の側が招き入れている。翌十五年、京大俳句事件が起こった。ただ俳句を作っていただけの人々が治安維持法違反の嫌疑をかけられ、白泉も検挙された。翌十六年の今日、太平洋戦争開戦。「銃後」の非戦闘員も無差別に爆撃を受けた。そして明後日、特定秘密保護法が施行される。「特定秘密」は約十六万件にも上るという。何が秘密にあたるかは誰も知らない。選挙の争点にもあんまりなっていない。「不思議な町」は今眼前にある。

 その頃から、壮大のゼロといわれた70安保闘争以来の(動員数でははるかに及ばなかったが)、実に平和な、非暴力、直接行動の抗議の声が国会を取り巻いていったことは記憶に新しい。
 そして、今日、4月3日(月)、東京新聞夕刊には、テロ対策を強調した拡大解釈自由の「『共謀罪』6日審議入り」の見出しが舞っている。ますます事態は我々にとって悪くなっている。「不思議な町」は眼前にあるのだ。

末尾になったが、本著のカバー、表紙、大扉の写真には、著者自身制作のオリビア(黄色い一つ目の物体)が、関悦史の友人・小野健一の撮影によってそれぞれに飾られている(装幀も著者との両名による)。
関悦史、1969年、茨城県生まれ。




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