2015年5月15日金曜日

夏石番矢「海底の泉のむかしむかしかな」(『夏石番矢自選百句』)・・・



夏石番矢還暦記念「夏石番矢自選百句色紙展」(於・OKIギャラリー5月19日~28日)に合わせて『夏石番矢自選百句』(沖積舎)が刊行された。
ブログタイトルの句は、その謹呈署名に揮毫されている句である。
夏石番矢の計らいだろう。
その句が収められているのは句集『神々のフーガ』(弘栄堂書店・1990年)である。いまは無き、弘栄堂書店に務めていた折りに愚生が制作した思い出深い句集である。
四半世紀も前の事になる。今や愚生もすでに60歳半ばを過ぎてしまった。
夏石番矢に会ったのは、まだ彼が東大駒場の学生だった頃だ。井の頭線を使えば、愚生が務めていた弘栄堂書店吉祥寺店は近い。当時、隣の駅の三鷹駅前公団団地に住んでいた愚生宅に遊びに来たこともあった。
その時の初々しい青年・夏石番矢が還暦を迎えるというのだから、いくばくかの感懐はある(とはいえ、この年齢になってみると、そんなに年齢がかけ離れていたわけでもないようにも思えるから不思議だ)。
夏石番矢の第一句集『猟常記』(静地社・1983年)の出版記念会は、高柳重信の告別式の日と重なった。多くの人は喪服のままその記念会に出席されていた。現代俳句に警鐘を鳴らし続けた重信の、その告別の日が夏石番矢の出立を祝う会なのだから、出席者の多くもその奇縁にふれた発言をされていたように思う。重信の享年は60である。その薫陶を受けていた夏石番矢は、さらに今後の生を繋ぐことになる。、
思い返すと、愚生は高柳重信の葬儀には出なかった(若気の至りだったろうか)。


夏石番矢の書について鎌倉佐弓は「解説」を以下のように結んでいる。

  ある文字は楽しげに天を目指し、ある文字は嬉しくてたまらぬように、地平を目指す。そのリズムはいつしか読む者の心をも解き放ち、文字と一緒に軽やかにさせずにはおかない。




                 テッセン↑

2015年5月14日木曜日

「踏切に黒髪あそぶ真昼かな」(山内将史句集『地獄』)・・・



前回に引き続き、送られてきた愚生のファイルからまったく失念していた「季刊・俳句誌 山猫」(1990年夏・創刊号)を書き留めておこう。
俳句誌といっても表紙を入れてもわずか6ページのホッチキス止めの冊子である。
山内将史は「琴座」所属の後は、こうして、今にいたるまで個人で句を書き、発表し続けている(いまはハガキつうしん)。
従って句集『地獄』と言っても29句を搭載するばかりだ。
他には喜多昭夫の短歌が前書きの様に一首、引用されている。

  さよならは手をあげて言ふ君たちがああそんなにもジグザグする   喜多昭夫

そして、それに付けられた山内将史の句が、

  手を挙げて岸上が来る桜かな                将史   
  いつまでも手はさよならのかたちかな

他にいくつか挙げよう。

 幽霊の美貌したたるほかはなし
 合はせ鏡の列の一人が歩み去る
 桜しべ降るや無人の滑り台

                
                桜の実↑

2015年5月11日月曜日

阿部青鞋「てのひらをしたへ向ければ我が下にあり」・・・




「阿部青鞋研究」(創刊号・平成5年2月5日、阿部青鞋研究会・編集人・妹尾健太郎)は一体何号まで出たのだろう。創刊号と2号は16ページ。
愚生はまったく失念していたのであるが、昔、所属していた組合事務所から段ボール箱が送られてきた。事務所を引っ越しするので、愚生の物があったと送ってきたのだ(愚生の物らしいものはすべて捨ててかまわないと言い残しておいたのだが、それも、もう7,8年以前のことである)。その中に、ファイルに挟んであった「阿部青鞋研究」2冊があったのだ。
いま、その編集人であった妹尾健太郎はどうしているのだろう。音信が途絶えてからも随分と経った。その「阿部青鞋研究」の成果はのちに貴重な一本として『俳句の魅力ー阿部青草鞋選集』(沖積舎・平成6年7月刊)に結実した。
いまでは阿部青鞋(あべ・せいあい)の名を知らない人も多いのではなかろうか。彼は新興俳句の人ではなかったが(誌の三橋インタビュー記事によると)、新興俳句弾圧後、戦時中、渡辺白泉と三橋敏雄と三人で秘かに歌仙を巻いて、いわゆる古典研究をしていたという時期があった。連句を巻いたのは、木庵(もくあん)こと阿部青鞋、檜年(ひねん)こと渡辺白泉、雉尾(きじお)こと三橋敏雄の三人である。
独りでするのを独吟、二人でするのを両吟、三人では三吟、四人では四吟、五吟、六吟・・・・で座を作る。
ここでは「阿部青鞋研究」に載っていた〈三吟歌仙「谷目の巻」・表六句〉を書き写して紹介しておこう(敗戦後、焦土の中で三人は再会した)。

  うぐひすの近づいて鳴く檜哉       木庵
    いそぎし人の思はずの春       檜年
  雨垂に庇の下をこづかれて        雉尾
    水車をば米さげて出る         木庵
  麓からどう棲みにゆく月明り      檜年
    刈りのこしたるおくて一枚       雉尾

阿部青鞋は大正3年(1914)年東京市澁谷生まれ。本名・麗正(よしまさ)。
昭和12年、白泉らの俳句同人誌「風」に参加。昭和20年岡山県の現・美作町に疎開、終戦後も留まる。句集に『ひとるたま』(昭和58年・現代俳句協会刊)、平成元年2月5日逝去、享年74.


                                   コバンソウ↑

2015年5月8日金曜日

眞鍋天魚「眼をあけて眠るいろくづ去年今年」(オン座六句・璞捌)・・・



京王線でちょっと出かける用事があって、調布で途中下車。古書店「円居」に立ち寄り200円均一コーナーで「江古田文学」39(平成11年3月発行)の総力特集「金子みすゞ」というのをパラパラとめくっていたら、まったく失念していたが、「平成連句競詠・’98連句文学賞入賞記念 オン座六句『眠るいろくづ』璞捌」に愚生も参加していたらしい。
1998年12月23日首尾、於関口芭蕉庵「いさよひの会」とある。連衆は14名。折角だから留書を除いて以下に引用再掲載して懐かしむことにした。

   眼をあけて眠るいろくづ去年今年          眞鍋天魚
     淑気を招く深息の泡                浅沼 璞
   上手より山焼く気配やつて来し           万波 鮎
     春が動いてフェルトをぬぐ            島村篤子
   朧でも月が鏡であつたなら              原口一草
     壱越調(いちこつてう)の雅楽のしらべ      星 菊丸

   心音を聞く検査マニアといふ男           大井恒行
     逃げて逃げてにげまくる             山内かよ
   スペインの街の迷路の行き止り          草刈 澄
     氷河期になるブエノスアイリス         大場 砧
   水ありて声ありてこそ竜の舞            山内勝也
     芳香療法(アロマテラピー)過剰反応      鈴木喜久

  みちすがらさらめくこともをもかげね        窪田 尚
    かがやくものはみな獅子座より              也
  マネキンのあつち向きこつち向きなに話す        よ
    嘘でかためた不在証明                   草
  寿老人酒呑んでゐる神谷バー               丸
    スノーボードがうまい総会屋               久
  
  ただひとり来る日来る日の窓の空             行
    野に吹きわたる風たよりなの              尚
  変身はいそぎんちやくにきめました            澄
    枕の下にかくすトカレフ                  魚
  花びらを嗅ぐ難民プレス工             森山崇山
    黄塵を浴び鼓膜顫はす                  砧


                シャリンバイ↑

2015年5月7日木曜日

「オルガン」1号(2015 spring)・・・



「俳句を、するのではなく、俳句が、するのだ。」
上記は「オルガン」創刊号のマニフェストの一行だ。
同人は4名。生駒大祐・田島健一・鴇田智哉・宮本佳世乃。
アベカンこと、阿部完市は、よく「俳句の神が書かせている」と言っていた。
ジュウシンこと、高柳重信は「俳句形式が書かせている」とも、また「習い覚えた手が書かせている」とも言っていた。しかし、「手がみえる」のはダメだとも・・・
ともあれ、「オルガン」は一読するにはほどよい雑誌だ。
座談会は同人4名による「佐藤文香の『君に目があり見開かれ』を読んでみた」。それぞれの意見にそうだろうなと、うなづくところがあった。
最後に作品、一人一句を挙げておこう。「テーマ詠(芭蕉)」からも一人一句。
そういえば、題(テーマ)をつけて句を連ねて詠むのは、水原秋櫻子、山口誓子以来、新興俳句運動が開拓した方法だった。
高屋窓秋は最晩年もなお、連作には(みんなは捨て去ったかも知れないが)、まだ随分残された可能性があると言っていた。
余談だが、「俳句は一人でするものです」とも。その窓秋も高柳重信、三橋敏雄には句を見せていた。窓秋に、この世の友が亡くなってからのことだが、ある時、「この句はどちらがいいですか」と二様の作を見せられて尋ねられたことがあった。もとより、愚生は、恐縮して、応えられるわけもない。


   白梅にして遠空を担ひけり         生駒大祐
   桜うなばら先進五カ国船の国       田島健一
   目のたかく眼鏡のたかく霾れり      鴇田智哉
   春の泥ブルーシートの奥は海       宮本佳世乃

   鳥引くや開け放たれし湖の壺           大祐
   毛穴吹く生きもの芭蕉春の月           健一
   アラームアラーム青葉若葉のめくれ来よ    智哉
   夢の橋いま越えてゆく芭蕉かな        佳世乃
   


2015年5月5日火曜日

柳敬助(中村屋サロン美術館)・・・



昨年、建て替えられてからの新j宿中村屋ビルに初めて行った。
愚生が、10年ほど前のことになろうか、かつて全労協全国一般三多摩地域支部の役員をしていた頃に担当した駒沢学園分会の残り最後の一名の方がめでたく停年を迎えられ、分会も解散され、食事会に招かれたのだ。
その食事会の行われた新宿中村屋ビル3階に、中村屋の創業者・相馬愛蔵、黒光夫妻が、若き画家たちに援助し、「中村屋サロン」と呼ばれていたことや、ビルを建てなおした折に、その歴史を伝えるために美術館が開設されるということは新聞で知っていたので、立ち寄ってみたいと思っていたのである。
というわけで、食事会もさることながら、時間を少しとって、その美術館を覗いてみようと楽しみにしていた。
開催されていたのは柳敬助展(入場料200円)だった。愚生は不安内でよく知らなかったのであるが、柳敬助は、1881年、現在の千葉県君津市生まれ。1901年東京美術学校の西洋画科に入学、熊谷守一、橋本邦助、和田三造などと入谷の一軒屋で共同生活をおくり、黒田清輝の白馬会にも所属したという。留学したのち42歳で夭折。以前住んでいたアトリエは中村彝に譲ったとあった。
家族や中村屋サロンに出入りした仲間など肖像画を多く描いたらしいが、それも関東大震災で40点近くを消失したとあった。



閑話休題!

もう一か所は五島美術館。こちらは春の優品展「和歌と絵画」展(4月4日~5月10日)。
源氏物語絵巻(国宝・五島美術館蔵)がメインであった。
「源氏物語」54帖のいくつかの場面を絵画にし、その絵に対応する物語本文を「詞書(ことばがき)」として図(絵)の前に配してあり、これを交互に繰り返しているものだ。54帖全体の約4分の1が現存しているらしい(巻数にすると約4巻)。詞書も絵も筆者不明。
復元された絵も置かれていた。


2015年5月1日金曜日

「豈」57号 同人一人一句・・・



そろそろ、みなさんのお手元に「豈」最新号が届く頃だと思います。
今日は、「豈」57号の作品掲載があった同人一人一句を掲げます。
次号「豈」(12月刊予定)は、新同人を含めての年鑑風、同人全員「Who'S Who」の予定です。

  その町は冬桜にて行き止まる            秋元 倫
  此処に居る誰もが居ない世や春月         池田澄子
  日章旗乳にて濡らす午睡かな            牛丸敬史
  原子力発電所すめろぎも穀雨なか         大井恒行
  風に問えカイエの在り処凍てし日も         大橋愛由等
  らくらくときみと卵は立っている            大本義幸
  トロンボーン吹かれて雨の大晦日          岡村知昭
  核の傘いくつひろげて天の川             恩田侑布子
  月光に満たされてゐる三輪車             鹿又英一
  来てみれば花は満開誰も居らず           神谷 波
  
  乳房
     なき
   母
    凍て
      つきる
  赤い 月                         神山姫余

  ビル颪油圧で動く手足かな              川名つぎお
  初景色廃墟廃屋廃炉塵                北川美美
  日蝕は淫花を消耗して萌ゆる            北野元生
  柿食えばどこかで漏れる汚染水           北村虻曳
  滴りの国滅びつつ光りけり              倉阪鬼一郎
  変名をすれば変身できる魚              小池正博
  暗証番号落としてきたり麦の秋           小湊こぎく
  段ボール函からの白息無言劇            小山森生 
  ガラリヤへ日の傾くや青葉潮             五島高資
  にんげんの不在あかるし春の水           堺谷真人
  からすうり子供110番の家              坂間恒子
  月光の手話階段を駆け上がる            杉本青三郎
  
  さねぶとなつめ【樲】短い命と
               いう約束             鈴木純一

  人界に無限の罠や秋の草               関 悦史
  胸中に棲む綿虫の発光す               関根かな
  残る雪それは汚れてゐやうとも            妹尾 健
  種袋よりすめろぎの寝息かな             高橋修宏
  ざくろからほどけてゆきしあんだるしあ       高橋比呂子
  死なないものはダリの時計や満月や        津のだとも子
  さくら咲くもっと孤独になってゆく           中戸川奈津実
  稗史すべて録音しやう囀りも             中村安伸
  枯蓮やもはや敵意も友好も              夏木 久
  蜘蛛の巣に夕日燃え盡きはせぬか         新山美津代
  振り向いても鏡地獄は抜け出せず          萩山栄一  
  表札の外され船よやうな家               橋本 直
  理不尽な死後の恋とも山櫻               秦 夕美
  ラ・フランス恋と変とを間違えて            羽村美和子
  鬱王に全裸で抱かる椿かな              早瀬恵子
  仏像の後ろ空気清浄機                 樋口由紀子
  惜春の沖を既視(でじゃびゅ)の手漕ぎ舟      福田葉子
  伝言は一コマずつの明暗です            藤田踏青 
  祭礼は明日なり木場の蝉時雨            藤原龍一郎
  遠国に子供飢えおる裘(かわごろも)         堀本 吟 
  担がれてこの世に迷う神男              真矢ひろみ
  蝶塚に重なり合える破れ蓮(はちす)         森川麗子
  「あんた変わった子だった」と母 水仙花       森須 蘭
  人魚はにんぎょジュゴンと云わないで        山上康子
  全裸より勝る全裸の鏡餅                山﨑十生
  春の鳥あふれつつ啼く悲の器             山村 曠
  腑に落ちる椿の音はきるけごーる           山本敏倖
  おぼろ夜の不思議な二人石を蹴る          わたなべ柊
  もみにもむ鳩変身のハンカチーフ           亘 余世夫