2020年2月4日火曜日

宮本佳世乃「手荷物にする骨壺とフリスクと」(『三〇一号室』)・・



 宮本佳世乃第二句集『三〇一号室』(港の人)、このところ港の人から上梓される若い人たちの句集には、序文や跋文も帯もなく、当然ながら惹句もない。まして自選〇〇句というのも無く、シンプルなものが多いように思う。帯の惹句や自選句が載っていたりすると、愚生のようなものぐさ、面倒臭がり屋は、それでもう、句集を開かなくても、そこに最も良い作品が載っているのだろうと思って、中まで読まなかったりする。これに、もし、略歴がなかったら、読者には、句を読むしか手だてが残されていないということになる。それだけ、作者の、あるいは作品についての謎が多くの残されるということになるはずだ(作者は句だけ読めと言っているのだろう)。
 本集には、集名に因むような「三〇一号室」の作品もなく、しいて言えば、「あとがき」にある、

 雪の外階段を上がって見学に行った新築物件に即決を出したのは一月下旬だった。(中略)部屋は幾度か四季を迎えたが、わたしはもういない。

 とある、その部屋のことなのかも知れないが、そこには彼女はいない。いわば、謎の集名なのであるが、集中の作品には、謎めいた句はない。そして言う。

 濃淡の差はあれど、体験は意味となり、私の経験として蓄積されていく。ときが来ると、俳句になることもある。もちろん、俳句になったからといって救われるわけではないけれど。

 淡々と日々を過ごしていたら、ずいぶん遠くまできてしまった。
  この冬も、雪は降るだろうか。

ともあれ、集中よりいくつかの句を挙げておこう。

  葉牡丹の奥のうたごゑあたらしき     佳世乃
  繭玉のなかはまぶしき影の浮く
  木蓮の濡れ階段室へ夜空
  紅蓮しづくの逃げてゆきにけり
  夏川をあがりしばらく川の足
  瓦礫撤去やや進みひまわり高く咲く
  棉吹くとこだま返ってきたる家
  矢印は左右に岐れ枯木山
  風吹いて雪のきのふが光りだす
  大学に食堂のある日永かな
  みづうみのひらくひばりのなかに空
  死の蟬を覆つてゐたる蟬時雨
  空蟬の掴む時間のやうなもの

宮本佳世乃(みやもと・かよの) 1974年、東京生まれ。


撮影・鈴木純一 立春吉報 ↑

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