2019年5月17日金曜日

竹岡一郎「焦螟を戒厳令下の街に増やす」(「連衆」83号より)・・



 「連衆」83号(連衆社)、いずれがどうだか分からないが、「豈」の出城が「連衆」にあるのか、「連衆」の出城が「豈」にあるのか。ともかく、「漣衆」本誌に「豈」同人との重なりはもっともなことで(これは怠惰な「豈」の発行テンポのあまりの生温さによるものかも知れない、しかも、同人に対する何のフォローもないので・・)。本誌本号の論考について、羽村美和子「攝津幸彦考ーイマジスチック・ヴィジョンー②」、加藤知子「律動し行動する常少女性Ⅱ-石牟礼道子の詩の原点へ」、髙橋修宏「増田まさみ論Ⅱ」、夏木久「作家その作品を想う『言霊のいる風景』」、藤田踏青「髙柳重信ー作家と編集者に狭間でー」の掲載されているのは、壮観で、その上、「豈」発行人の「筑紫磐井小論」を五十嵐進、そしてまた、これは夏木久を語って出色と思われる川村蘭太「夏木久『俳句風曲集 風典』入門ーオブジェとしてのコトバ考ー」とあっては、立派な眺めで、まさに現代俳句の只今の有り様を映した鏡のようですらある。それぞれにうなづくものがあり、意見を挟んでみたいのもある。もちろん、森さかえ「穴井太論②」、瀬戸正洋「句集『鶴の眼』序 雜読」、もてきまり「鷹女、その口語的俳句の魅力②」、岩田多佳子「『ホンマモンの川柳』筒井祥文をたどる①」、竹本仰「富澤赤黄男句集『蛇の笛』から『黙示』へⅡ」も読ませる。また、谷口慎也「受贈書籍評」も丁寧である。
 いちいち詳細を伝えられないのは惜しいが、そこは読者諸賢が直接当たられたい。ここでは、二つだけ挙げておこう。川村蘭太「G・バタイユで読み解く柿本多映作品ー十七音の思想(下)」の部分、

 僕は、三島を右翼思想という識者がいたらぜひ聞きたいことがある。あなたの言論は彼のように昭和天皇に対し戦争責任を迫ったことがありますか、と。(中略)
 三島の「逆説」を諧謔の精神に生きる俳人がわからぬはずがない。エロティシズムは「欺瞞」を暴く思想だ。

 である。そして,増田まさみを論じたなかで、高橋修宏は、

 「あの日」とは、昭和十八年九月十日、彼女の出生地である鳥取市をマグニチュード7・4に及ぶ大地震が襲った日である。当時は軍事司令により報道管制が敷かれており、全国に鳥取大地震の被害状況など詳細な事情が知らされることはなかったと思う。
 彼女は生涯において、二度にわたって大地震に見舞われている。そして、何より注目されるのは幼児期の震災体験がそのまま父への原体験として描写されていることだ。

 と述べる。ともあれ、以下に一人一句をすべて挙げたいが、漣衆数が多いので、招待作家と「豈」同人に贔屓しての一句と幾人かの一句を挙げておこう。

   金鳳花込み合う天武持統陵        森澤 程
   炎天暗黒もののふに無き両瞼       竹岡一郎
   老人の春の小川へたどりつく       松井康子
   影つくるため野外へ風光る        夏木 久
   色つきの夢やそろそろ蛇の出て      森さかえ
   歳時記をやがて啄む花の鳥       羽村美和子
   苦い春ですふくろうのほうほう論     普川 洋
   サイレンの前と後ろのおぼろかな     加藤知子
   「令和元年」初めての句を書けり     吉田健治
   対岸にサクラは咲けり散りゆけり    早坂かおり
   シビリアン・コントロール亀鳴きにけり  瀬戸正洋 
   撲滅と撲殺似たり花の国        しいばるみ
   鳥雲に死ぬに死なれぬ天皇家       谷口慎也  
   ごはんですよと言わねばならぬ朝が来る 神田カナン 
   にごりゑにだんだん溶けるやっと 今  笹田かなえ
   あぶる手が含み笑いになってくる    とくぐいち

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