2019年5月1日水曜日

関千賀子「栗の花こぼるる斜(なぞへ)石祀る」(『翅音』)・・



 関千賀子第一句集『翅音(はおと)』(ふらんす堂)、序文は宮坂静生、栞文に小林貴子「ダニエル・ディ=ルイスの会 誕生由来」。その宮坂静生は、

  行く年や母の残れる父祖の家
  翅音して父の来てゐる辰巳かな
  藁灰の丸く残れり巳正月

 四国愛媛の新居浜生れ。実家は父が先立ち、律儀な母がいる。愛媛の東予では辰巳(たつみ)、中予では巳午(みうま)とか巳正月(みしょうがつ)と呼ばれる地貌季語がある。一二月の初めの辰あるいは巳の日に新仏のために墓参し、墓で餅を食べ、予め正月祭を行う。暖かい句だ。鳥か虫か静かな翅音がして亡き父が来ている。

 と記している。 集名に因む句は、

  翅音して父の来てゐる辰巳かな   千賀子

 であろう。また、栞の小林貴子は、

(前略)ディ=ルイスはカメレオン俳優と呼ばれ、役に徹するあまり、体重はもとより、見かけも前作とは別人のようになってしまうのだ。しかしその端正な面差しや、長くてセクシーな手指、相好をくずすと表現するのが相応しい笑顔などは最新作『ファントム・スレッド』まで変らず、ファンを惹きつける。この編集後記に賛同して下さったのが千賀子さんだ。なかなか同好の士のいない中で、とても嬉しかった。それ以来、「岳」内部における秘密結社「ダニエル・ディ=ルイスの会」は千賀子さんが会長で私が番頭を務め、暗躍している。(中略)

  城門に爪弾くリュート蔦紅葉     千賀子
(中略) 
  ダニエル・ディ=ルイス内なる薄氷   貴子

 拙句で恐縮だが、ダニエル・ディ=ルイスも、城門にリュートを爪弾く青年も、千賀子さんも、共通するのは胸の内に薄氷をひそませているということではないだろうか。薄いのだが、溶けてはいない。氷だが、冬ではなく春である。鋭いと同時にキラメク。やっかいだが、これこそが私だと言いたい胸中の一処。「ダニエル・ディ=ルイスの会」は今後ともこの胸中の薄氷を大切に、明日も俳句を紡いでゆきたい。

 と述べている。著者「あとがき」に「本句集も体調を悪くして諦めかけていた」とあるところから推測すると、小林貴子の結びの文「明日も俳句を紡いでゆきたい」は、関千賀子への、今後も共に生きますから、という励ましのように思える。ともあれ、集中より、いくつかの句を挙げておきたい。

   呪ひを土に球根植ゑにけり      千賀子
   黙々と荇篖(あんぺら)の荷を積む裸
   山茶花や父はしづかに壊れをり
   秋澄めり千石舟の刺子の帆
   一月や岡持干せる根津の路地
   梅雨明けやキンダーブックふと匂ふ
   ジョーカーは箒に乗れり夏嵐
   つちふるや子とろの鬼は舟つなぎ
   さくらの夜エンドロールの微熱かな
   陶(すゑ)の鈴ちりと鳴りたる広島忌

 関千賀子(せき・ちかこ) 1948年、愛媛県生まれ。


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