2020年4月19日日曜日

久々湊盈子「そののちの盧生はいかに 日は落ちて雑穀入りのリゾットを炊く」(「合歓」第88号より)・・



「合歓」第88号(合歓の会)、メインとなる批評特集は、先に上梓された久々湊盈子第10歌集『麻裳よし』。論考は谷岡亜紀「ユウ―モアと人生」、古谷智子「熊野曼荼羅」、富田睦子「語彙とこころ」、桑原正紀「〈豊かさ〉を揺曳して」、一首鑑賞は中山好之、藤島眞喜子、牧野義雄、石原洋子、黒沼春代、楠井孝一、本田倖世、柏木節子の各氏。他にも「この歌集この一首」には「藤原龍一郎の歌」が組まれている。そして、愚生がいつも楽しみに読ませてもらっている毎号のインタビューの今号は、久々湊盈子「福島泰樹さんに聞くー生きるとは敗者の悲しみを背負うこと」である。髙柳重信や三橋敏雄など懐かしい名が多く登場するが、久々湊盈子第二歌集『黒鍵』の栞文が、福島安泰樹・三橋敏雄・上野千鶴子だったという。福島泰樹といえば、思いだすことも色々あるが、実は愚生の句集『風の銀漢』(書肆山田)の解説は福島泰樹と清水哲男だった。当時の「早稲田文学」や「月光」にも書かせていただいたし、愚生が編集していた「俳句空間」がらみで、「月光」の広告写植版下(間村俊一制作)を、毎回、いただきに伺っていた。最近、お会いしていないが、インタビューのなかで、

  ―(前略)毎月一回、経産省前の広場で月例祈禱会を開催して導師を務めておられるとか。
福島 法要の導師は上杉で、ぼくは表白導師で、毎回文書を書き、それを読み上げています。 いまは「日本祈禱僧団」が正式名です。戦争、公害、原発など国家・企業に殺されていった人々による「死者の裁き」を代行する法会で、二〇一五年から毎月、もう五年やってきました。ぼくにとって死者の声を代弁するということにおいては、歌集刊行も、短歌絶叫コンサートも、抗議の祈禱法会もみな同じです。お経も、絶叫も、死者との魂の交感に他ならない。デモや集会が空しいことも知っている。いくら祈禱したって現状を変えることはできない。そんなことは百も承知だ。でもだからといって、みんなが沈黙してしまったら、国家権力を笠にきた官政財の悪しき奴らは増長するばかりです。公文書は破棄し、改竄し、司法さえ意のままにする。奴らやりたい放題じゃないか。せめて、「言霊」を確信して叫び続けるしかない。

 と語っている。健在だ。いまも、毎月10日夜、吉祥寺「曼荼羅」では、新作を入れた短歌絶叫コンサートをやっている。

  生きるとは敗者の悲しみ背負うことなど言いてまた盃を揚ぐ   泰樹

以下には、特集より、いくつか久々湊盈子の歌を挙げておきたい。

  冷蔵庫に牛の舌いっぽん秘めもちて動物愛護の署名に応ず     盈子
  麻裳(あさも)よし紀路は卯の花曇りにて瀬音に耳をあずけて眠る
  母の日の母に今年は花も来ず嫁も娘もいそがしき母
  隷属はせぬと「個人」の灯をかかげたタクシーがいる駅前広場
  わが柩閉ざされしのちの暗黒を思うことありほかりと覚めて
  八人の子のうち四人を喪いて父母が暮らしし上海十年
  旅の夜を濃くするものは窓ちかきせせらぎの音、枕辺の酒






★閑話休題・・・菅原貞夫「汝が三沢わが水沢の涸れ沢に水が音賜(ねた)べよ七時雨山(ななしぐれやま)」(『時雨譜』)・・・


「合歓」つながりで菅原貞夫第一歌集『時雨譜』(砂小屋書房)、解説は久々湊盈子。扉には「妻・悦子に捧ぐ」の献辞があり、序歌「汝が三沢わが水沢の涸れ沢に水が音賜(ねた)べよ七時雨山(ななしぐれやま)」の序歌が添えられている。短歌のみではなく散文「私の好きな歌」(孝妣生誕百年記念)、長歌などを併載。それらの経緯は著者「あとがき」に記されている。収録歌は三八一首とあった。以下にいくつかを挙げておこう。

 風わたり葉桜ひかり弧をゑがく燕(つばくろ)の翔ぶ大和いつまで     貞夫
 人はみな誰かの影を踏んでゐるいづれその身も踏まるるものを
 十薬(どくだみ)は十楽(ごくらく)からの贈りものその身に十字の白衣(びやくゑ)
 ひさびさに相撲をとりてあつけなく父に勝ちしが悲しかりけり
 日照雨(そばへ)ふる大正昭和平成の三代(みよ)ながらへて考妣(かうひ)ねむれる
 セロに明日悶苦(セロニアス・モンク)なきこと願ひつつ少時大童(おほわらは)汗ふき出づる
 つひにマイ・セロを購(あが)なひて震へつつ弓を当つれば唸るC(ツェー)
  
 菅原貞夫(すがわら・さだお)1946年、埼玉県生まれ。


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