2020年12月15日火曜日

羽村美和子「針千本余生をゲームに取り込まれ」(「ペガサス」第9号)・・・


  「ペガサス」第9号(代表・羽村美和子)、「ペガサス」は、号を追うごとに充実を重ねている。本号の作品ページ下段のエッセイ、檜垣梧樓「『胡桃』という酒場」(二)で小宅容義が登場する。


  ママは奥のカラオケの前に座っていた私に「ひょっとこの小宅容義先生!」と紹介してくれた。小宅さんは、ちらっとこちらを見て「出前帰りに一曲歌わしてもらおう」と言うや否や、ママからマイクをとって、直立不動、森進一の「それは恋」を朗々と歌い出した。私は唖然として次いで陶然として聞き惚れるばかりだった。それから数カ月して(中略)

 突然小宅さんが、目の前のコップの中の水中花を示し、「一句作ろう」と言った。

  水中花長屋王は自刃せり    梧樓

  水中花開き始めたポーランド  容義


 愚生は、小宅容儀とカラオケを歌ったことはないが、まして、森進一の「それは恋」は知らない。とはいえ、生前の小宅容義には、愚生が現俳協青年部委員をしていた頃、何かとお世話になった。そういえば、彼の陶版展に行ったこともあった。「ひょっとこ」には、夏石番矢に連れられて行き、そこで波多野爽波に会った。店には爽波の定席があった。その後、波多野爽波とは現俳協の会合で幾度かお会いしたが、競馬好きだった爽波は、総会などでは席を少しはずしては、ラジオの競馬中継を聞いていた(ということは、若僧だった愚生も席をはずじていたことになるが・・・)。今では、懐かしい思い出だ。「雑考つれづれ」は瀬戸優理子「寺田京子の世界」③である。昨年だったか、『寺田京子全句集』も出て、改めて寺田京子を読む人が増えているようである。


   日の鷹がとぶ骨片となるまで飛ぶ     寺田京子


 ともあれ、本誌本号より、「豈の会」関係者の一人一句を以下に挙げておこう。


   鶏頭花長子偏愛されている     坂間恒子

   曼珠沙華素描の線を狂わせる    中村冬美

   葛の風夜には石も寝返るか    羽村美和子

   新蕎麦や二箇月ぶりの店開き   伊藤佐知子

 


★閑話休題・・・渡邉樹音「不用意な蛇口のように神の留守」(「瓏玲」6号)・・・ 


 前掲の「ペガサス」誌と現代俳句における作者の層が、いくぶん重なっているように思えるが、しいて言えば、「瓏玲」には、誌名とは逆に通俗の気配が濃い。たぶん、林田紀音夫の言に倣えば、それだけ、現実の猥雑さに賭けているのかも知れない。ともあれ、特別枠らしい「招待席」と「ことごと句会」で仲間の渡邉樹音の一人一句を以下に挙げておこう。

  

  日本のほんの一部が文化の日         今野龍二

  セクハラと言われて閉じる寒蜆        中内火星

  イルミネーション纏はぬものを裸木と   長谷川はるか

  寸劇のところどころに狐罠          大西 惠

  パンドラの箱いつまでも秋湿り        渡邉樹音



    撮影・芽夢野うのき「音信があれば愛なんてみんな嘘 風花」↑

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