2021年10月3日日曜日

久保純夫「間引菜のあとは棄民の始めかな」(『植物圖鑑』)・・・

 

  久保純夫第13句集『植物圖鑑』(儒艮の会)、その「あとがき」に、


 新型コロナウイルスの感染爆発が止まりません。二〇二一年八月三〇日の累計感染者数は一四七三一八二人。現在感染者数は二二七五二三人。新規感染者は一三六三六人となっています。(中略)

 この最中、僕は第一三句集『植物圖鑑』を出版します。外出も儘ならない中、植物に纏わる俳句を書き始めました。七月下旬のことです。従って、所収したのは全て、書下ろしの俳句となります。僕の俳句の作り方は単純明快です。例えば、経験の積み重ねー換言すれば「記憶」ーを核・根幹にして作句すること。その方法として、「もの」「こと」にまつわる記憶をさまざまな状況・情景に展開する、ということになります。つまり、この句集では植物というものから、さまざまな像を標榜、抽出しました。


 とある。ともあれ、花の名を依り代に連作された、およそ六百数句のなかから、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


   木苺に隠れていたる皇紀かな      純夫

   マンゴーに火縄の匂う夕まぐれ

   端正なドリアンにして刺客なり

   おばあちゃんになれない妻と柿を食う

   橙と別に悪人正機説

   赤子には赤子の覚悟蕗の薹

   くらがりの独活騒ぎだすかくれんぼ

   蓴菜に繋がっている水子たち

   冬瓜の思いもかけぬ合せ技

   不審なる遺伝子治療唐辛子

   紅梅の夜の青空を遊ぶかな

   あるようでない昼顔のあるような

   定型のゆがんできたる龍の玉

   

 そして、同送されてきた「儒艮」第37号のなかの連載「回想録(十)」には、以下のように記されていた。思い起こせば、そういうこともあった。


  2013年4・28~5.3(金)東京行

 H西洋銀座5泊。Hに荷物を預けて、根津美術館へ。尾形光琳の燕子花屏風図などを見る。(中略)30(火)「文學の森」祝賀会。それに先立って行われた「文學の森賞」贈賞式に流美子の代理で出席。『さふらんさふらん』がその対象。流美子死しても思いを残してくれる。嬉しい。金子兜太、黒田杏子。筑紫磐井、四ッ谷龍、津川絵理子、山﨑十生、山口剛、などいろんな方に会えた。あと大井さんと宮﨑二健の店へ。鳥居真里子、中村裕さんらに会う。

   天地崩れてきたり杜若


 同誌同号の一人一句を以下に・・・。


  煉獄を漂うている通草かな      久保純夫

  人間は海から上がり朝ぐもり    藤井なお子

  藤万句はるかに生駒山霞み      曾根 毅

  炎昼の舌一枚を持て余す      近江満里子

  夏草の下は産業廃棄物        久保 彩

  原子炉にたっぷり漬けておいた桃  木村オサム

  小鳥来る視力検査のみぎひだり    志村宣子

  何回もボールをなくす花野かな    原 知子


  

★閑話休題・・・深見けん二「先生はいつもはるかや虚子忌来る」(山岡喜美子「うたをよむ 俳句の神に愛されて」朝日新聞10月3日朝刊より)・・


 朝日新聞10月3日付け「俳壇」の〈うたをよむ〉は、ふらんす堂社主・山岡喜美子の「 俳句の神に愛されて」であった。深見けん二は享年99,今月刊行予定の第10句集『もみの木』が上梓目前だったという。また、昨年6月、103歳にて長逝した後藤比奈夫「(ちまき)より酸素が好きで百三つ」、片や、17年前に夭折した田中裕明、この三人について記されている。その結びには、


 見事なまでに現役俳人として生をまっとうした二人の俳人、深見けん二と後藤比奈夫、その長生の俳人に私は一人の夭折俳人を重ねる。田中裕明。享年四十五。死後すでに十七年が経ったが、その作品は多くの若い俳人を魅了してやまない。

 爽やかに俳句の神に愛されて    

けん二。比奈夫。裕明。まことに俳句の神に愛された俳人たちだった。


 とあった。合掌。


    撮影・鈴木純一「枯れてゆく我が身にひしとしがみつき」↑

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