2021年10月5日火曜日

原満三寿「かくれんぼ長じてとくいはくもがくれ」(『迷走する空』)・・


  原満三寿第8句集『迷走する空』(深夜叢書社)、跋は齋藤愼爾「瞑想する空への誘い」、それには、


 句集『迷走する空』は、「俳乞食の空」、「いのちたちの空」、「絶滅危惧種の空」、「明日の空へ」の四章から構成されている。(中略)

 俳乞食は陸沈することに安住することなく、「おのれの百鬼を夜行さす」、つまり百鬼夜行する行動に躍り出た俳人たる徘徊者への変貌を意味する。

  「門」ひらく合歓の木陰で無字の僧

 超難解句の登場である。「門」とは何か、そして「無字の僧」とは?門で想起するのは建造物の出入り口、漱石の小説『門』やカフカの短編『掟(おきて)の門』だが、掲句との関連が不明、悶々とあせるだけである。(中略)

 このカフカの不条理な短編が掲句と全く何のかかわりもないと思えないので、ひとまず書き添えておく。なお、〈無字〉とは仏語で、「真理は文字に表せないということ」と注釈にある。そう言われても禅問答の如きもので、今の私には要領を得ない。(中略)

   鳥かえる古代緑地へいざかえる   満三寿

「古代緑地」は、もしかしたら詩人吉田一穂の言葉を指しているのでしょうか。(中略)

「あるとき地軸が三十度傾いたたんだ。(中略)ところが地軸が三十度傾いたために、温帯が極になってしまった。緑地が氷原に変わったんだ。白鳥は・・・かつての緑地、今はツンドラになってしまった故郷に還る。あの古代緑地に回帰する本能。かれらの帰巣のための飛翔や泳走に方向感覚のあやまりはない。磁気のように正確な方向軸を自ら持たぬ奴は詩がかけない」ー真壁仁氏、吉田一穂の顔が、いつしか原満三寿氏の温顔と重なった。その背後からカフカが「色即是空」と唱えながら透明な浮遊体になり、掟の門をするりとくぐり抜けて、『迷走する空』へと向かう姿が幻視されたのだった。


 と、記されている。そしてまた、著者「あとがき」には、


(前略)この先、地球はどうなるのか、生き物たちはどうなるのか。そんな思いに駆られ、「迷走する空」と題した所以です。

 それでわたしに何ができるかといえば、俳句面した俳句や無精卵まがいの俳句はできませんので、迷走するものにむけての俳諧を、と愚考しているのですが、枯蟷螂のごとく妖剣戯作丸をふりかざすばかり。困ったことです。


 とあった。原満三寿健在である。ともあれ、本集より、いくつかの句を以下に挙げておきたい。


   莫逆の俳乞食が秘す青地球         満三寿

   俳乞食 おのれの百鬼を夜行さす

   腰あつき花も嵐も死の山へ

   のぞいたるバストをのぞく即身仏

   路地ごとに空蟬老人ふきだまる

   多情多恨いちどもなくて百日紅

   鬼ごっこつぎつぎきえて合歓の花

   野良犬(のら)うえてついに人灯に屈服す

   花になる途中の悲鳴が隣家から

   ぎょろ目して今を蜻蛉のさびしさや

   地に芙蓉 空に叡知のキノコ雲

           *叡知=サピエンス

      金子兜太

   オオカミは〈きよお!と喚〉き産土へ

   まほろばの〈善人猶以て〉核の傘

   聡太の〈飛]To be or not to be 青嵐譜

           *二〇二〇年八月 王位戦第四局 藤井聡太の封じ手

   炎帝へ一揆の裔は〈0〉を描く

   俳乞食のぞむ明日の青地球


 原満三寿(はら・まさじ) 1940年、北海道生まれ。  



     
芽夢野うのき「ゴーヤの花や正しく狂う日の黄色」↑

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