2021年10月11日月曜日

成田一子「髪洗ふならツンドラの森の水」(『トマトの花』)・・

             


  成田一子第一句集『トマトの花』(朔出版)、栞文は辻桃子「突き刺さる句」と高野ムツオ「天衣無縫」。その高野ムツオは、


 成田一子の句は大胆である。清々しいほ傍若無人である。例えば、句集名の元となった次の句を揚げれば誰もがそのことを納得するだろう。

   産風邪やトマトの花にトマトの香

 「産風邪」は生まれたての赤子が罹る風邪のことだが、ここでは「風邪」という季語はまず無視されている。夏風邪でもむろんない。文字通り、この世に生を受けて初めて罹る風邪のことだ。言葉の鮮度が命のあり方をまず開示する。取り合わされる「トマトの花」もまた既成季語の情趣を拒絶して潔い。あたかも「茄子の花」や「南瓜の花」が季語なのに、同じ野菜(果菜ともいうらしいが)でありながら、私はなぜ歳時記に登録されないのかと、ひそかに、しかし強く訴えているかのようだ。同時に、その特有の花の色と匂いをもって、私には私にしかない無垢の命があると主張している。


 と記している。また、著者「あとがき」には、


 幼少の頃、私のまわりには三人の俳人がいた。

 祖父の須ヶ原樗子(ちょし)、祖母の菅原良子(駒草)、父の菅原鬨也(ときや)(鷹・槐)である。三人はよく砂糖とクリームのたっぷり入ったインスタントコーヒーを片手に熱く俳句談義を交していた。煙草のけむりもうもうの中、時に子供の目には「けんか」と思えるほどそれは白熱した。(中略)

 また、とある日には〈みちのく〉という言葉について激しくやりとりしていた。詳しい内容はよく分からなかったが、その話し声があまりに大きいので〈みちのくのでんしんばしらほうほけきょ〉と、子供の私も俳句のようなものを近くに行って叫んでみた。すると祖父が私を引き寄せ、膝に乗せて頭を撫でた。祖母も父もさっきまでの勢いが嘘のように静かになり、互いにほほえみを浮かべ合ったりしている。

 なんだか変な大人たちだと思った。(中略)

 普段はやさしい祖父も祖母も、父を交え俳句の話がはじまると人が変わったようになってしまう。

 俳句は怖い、やってはいけない、ずっと思っていた。(中略)

 あれだけ怖いと思っていた俳句の世界だが、最近は句を作っていると何か大きなものに包まれているような安心感を覚えるようになった。それは「怖い」を通り越した、「畏(こわ)い」世界なのかもしれない。(中略)

 「滝」は二〇二一年十二月で創立三十周年を迎える。

 まずは父の仏前にこの句集を供えたい。


 とあった。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。


  息つぎに太陽を飲む泳ぎかな     一子

  短夜や重ねて青む紙の白

  口紅は革命の赤五月来ぬ

  ままごとに修羅場ありけり蝶の昼

  ロックスター金・銀・豹と着ぶくれて

  美しき朝寝のままに死にゐたり

  向日葵や極左の赤いペンキ文字

  白シャツの群アフレコの国家かな

  原爆忌路上に猿が手をたたく

  蕩産や風呂場が冬の河原めき

  鵙の贄天にちひさき五指ひらく

  水風呂の予期せぬ深さ開戦日

  細胞の入れ替はるまで泳ぎけり


 成田一子(なりた・いちこ) 1970年、仙台市生まれ。



     撮影・芽夢野うのき「飛べよ神の雲川の漣集め来よ」↑

0 件のコメント:

コメントを投稿