2020年5月8日金曜日

榎並潤子「蜻蛉(かげろう)の化身とばかり透き徹る」(「shinado」28号より)・・




「shinado」28号(編集・表紙絵 榎並潤子)、「編集後記」によると、昨年4月に本誌を発行し、5月に合評会を開き、全員が顔を合わせた直後に同人・林信弘が体調を崩したとあった。残った4名で、とにかく本号を林信弘追悼号として発刊したという。
 中村明美「たんじょうび」には、

  (前略)白梅の香りの中を歩いて
      死んだひとのたんじょうびを
      祝いに行く

      死ななければ
      生きられない   (後略)

 小松あや子「眠りのなかへ」には、

  (前略)その光も消え
      いよいよ
      脳の森へ
      迷い込む

      やみは
      脳の統率をはずし
      自我を捨てる

      眠りにゆきつくのはどのあたりか  (後略)  

   
 森泉エリカ「川面」には、

     流してしまいたい
     ものが
     ある

     流すことは
     できない
     ものもある    (後略)

 榎並潤子「十一月の銀河」には、散文と句がほどこされている。

     万緑や跨るもの影の中
     暗い雨列をなしたる潦(にわたずみ)
       娘が立つ台所
     冬瓜や君の涙の味がする

 (前略)今私は自分の唯一の相棒を失った。昔二人で話したものだ。どちらか先に行かなければならないのなら、私が残った方が良いと。あなたの骨はコロナウイルスの騒ぎでで、なかなかお墓に埋葬することができない。でもそれは私にとって慰めでもある。あなたはまだ私の傍にいて、語りかけてくれる。「君は分ってくれるだろう オレはいま真っ暗な草原の道をあてもなく歩いている でももうすぐ生まれる前のまばゆい広い世界に着くだろう それではみなさん、さようなら・・・・・・」  
     
 巻末の「林信弘の詩(二つの詩集より)」のなかに「希望—長谷川利行に」があった。思えば、生前の首くくり𣑥象(たくぞう)こと古澤𣑥(たく)も、長谷川利行のことを「リコー・リコー」と言って、好きな画家だと言っていた。林信弘「希望」を、以下に抄出抜粋しておこう。
       
       希望
        ――長谷川利行に
 
 (前略)何か信じていたのですか
     なんにも知らなかっただけだよ
     世界は崩壊することも
     あるんだってことを
     何も為し得ないことを
     透徹した目で見ている人がいるとしたら
     もう その人の前に
     崩おれているのに   (中略)
   
     街々は暮れていくだろう
     色彩は空に流れ
     街並みも一緒に流れていく
     おれはおまえと一緒にいくよ
     赤と緑と白と
     点々と色にあふれて
     流れていくのだ          (2003年)

「shinado」・・科戸(しなと・しなど)は風の異称、風の生まれるところ。林信弘の享年は73。

 

   撮影・中西ひろ美「影ひなた影から次のひなたまで」↑

0 件のコメント:

コメントを投稿