2020年5月13日水曜日

小川弘子「園丁寡黙私黙然桜餅」(『We are here』)・・

 


 小川弘子句集『We are here』(ふらんす堂)、跋は坪内稔典「グレープフルーツの咲く家で」、栞は火箱ひろ「坂の家物語」。その火箱ひろは、

   We are here We are here 夏鶯
 
 句集の題になった句だ。「あとがき」に説明がある。海外に住む娘や孫、頼りにしている息子、家族揃ってご主人のゆかりの地を訪ねたとき、皆でこの言葉を叫んだという。バイリンガル一家らしい温かないい話だ。
 その時はしきりに鳴く夏鶯を、ご主人が来ていると感じて唱和したのだ。この俳句を詠んだことで、永遠にご主人と共にいる意識が深まったのではないか。心に思えば、鶯や風になったり、獣になったりして傍らに来てくれる。生涯口ずさめる夫恋の俳句があるのは幸せだ。 

と語っている。また、著者「あとがき」の冒頭は、

 表題を「We are here」にするまで、少し迷いました。今は亡き夫が少年の頃、科学学級の生徒として広島県の深い山里のお寺に集団疎開していました。昨年家族とそこを初めて訪れたとき、山でしきりに鳴いていた夏鶯に向かって、皆で呼び掛けたのがこれです。

という。少しシンとした。跋の坪内稔典は、

 さて、小川家句会だが、二時間くらいの句会が終わると、二次会に移行する。弘子さんが数日かけて用意してくれた弘子料理が待っているのだ。イギリス製の大きな皿、フォークとナイフが卓上に並び、息子の伸彦さんが肉料理などを配ってくれる。庭のハーブを摘んだハーブ茶が芳香を放つ。もちろんビール好きはビール、ワイン党はワインを飲む。
 小川家句会の会費は一人千円。かなりのお得感がある。その質において、この句会はとびきり上等だ。いや、これこそがまさに句会なのだと私は思っている。これに類する句会がいくつかあって、それらの句会が私の俳句生活の基礎をなしている。

 と記している。ともあれ、集中より、愚生好みになるが、いくつかの句を以下に挙げておこう。

   萌黄莊住む人萌黄春の空         弘子
   洋行といわれし頃のパナマ帽
   病院のエレベーターでキス五月
   コーヒーはブラック雑念は鶏頭
   シェリー抱き春の坂来るひとはだれ
   みじん切りとか一口大とかうらら
   麦の青すこし猫背の母が来る
   病妻を抱える夫のパナマ帽
   夏草を抜く派抜かぬ派そしらぬ派
   初夏や恒久と鳴く山の鳩
   登り来て吾より高き芒かな
   パピルスの栞挟むや一葉忌
   
小川弘子(おがわ・ひろこ) 1938年、和歌山県生まれ。



   撮影・芽夢野うのき「五月の鳥は舟のかたちの雲に乗る」↑

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