2021年2月12日金曜日

芭蕉「阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍」(『千代倉家の四季』より)・・・


  森川昭『千代倉家の四季』(円座俳句会・非売品)、序は武藤紀子「森川先生と『円座』)、その中ほどに、


 (前略)魚目先生からは時折、森川先生のお名前を伺っていました。東京大学の近世文学の教授で、魚目先生のお住まいの鳴海の下里家(三代目蝶羽以後は下郷家)の古文書の研究をなさっていること。下里家は芭蕉とも交流があり、パトロンのようなものだったこと。書家である魚目先生が下里家の古文書を読むのを手伝い、森川先生と親交があったことなどを聞いていました。

 また、私が発刊した『一晶と歩く東海道五十三次』で、森川先生のお弟子さんの名古屋大学教授の塩村耕先生にお世話になったことから、森川先生のことは存知上げていました。

 森川先生は心良く引き受けて下さり「新・千代倉家の四季」という連載がは始まりました。

 平成二十四年「円座」九号から第一回が始まり、現在まで五十回の連載となっています。


 とあり、この連載は今も続いている。「円座」2021年2月・第六十号で52回目「風邪・世上一円風邪流行(せじょういちえんかぜりゅうこう)」である。つまり、連載の最新稿には、


  (前略)江戸時代にはお駒(こま)風邪、お七(しち)風邪、明治なってはお染(そめ)風邪など何故か女性の名が冠せられました。お染は大阪の油屋の娘で宝永七年に丁稚(でっち)の久松(ひさまつ)と心中(しんじゅう)した悲恋物語の主人公です。心中直後から数多くの歌舞伎や浄瑠璃(じょうるり)につくられています。深川江戸東京資料館の長屋(ながや)には「久松るす」の貼り紙があります。お染風邪さん、あなたの愛する久松は留守ですよ。お帰り下さいという庶民の切実(せつじつ)な願いがこめられています。

 お七風邪が流行したのは享和二年(一八〇二)です。(中略)

 日記にこの風邪の記事が初めて見えるのは三月八日です。

 世上一円風邪流行、家内へ茶釜煎じ飲ませる。

                 (享和2・3・8伝芳日記)

 世間に広く風邪が流行しているというので、茶釜で大量の薬を煎じて家中の者に飲ませたのです。にもかかわらず、感染拡大のスピードは速くて、一日置いて一〇日には早くも何人かの患者が出てしまいました。(中略)

 こうなるともう、ワクチンもタミフルもありません。神仏にすがるほかありません。

   風邪一同流行につき、今晩より一七日まで細根御宮へ御灯(みあかし)上ぐる筈(はず)申し遣はす。観音様へも蝋燭(ろうそく)上ぐる。

        (享和2・3・11伝芳日記)


 とあった。本書中では、「芭蕉・西鶴そして宇佐美魚目さん」(「円座」48 平成31・2)を、興味を惹かれた部分を少々引用しておきたい。


 (前略)昭和六三年四月三日、天和三年の知足の日記を調査していました。昔は紙が貴重でしたから、日記帳は余所から来た手紙などを裏返して貼り継ぎ裁断して調製してあります。だから、現存の日記の裏側には余所(よそ)から来た手紙などが書かれています。これを紙背文書(しはいもんじょ)といい、中には研究上貴重なものがあります。天和三年の表の日記を読み終わり、今度は裏側を覗いて行きますと、一際(ひときわ)風格のある一通の手紙に出会いました。差し出し人は「西鶴」とあるではありませんか。(中略)調査協者の長島、塩村両君と驚きと喜びを共にしました。西鶴の手紙はそれまで六通しか知られて居らず、しかもその内三通は知足に宛てたもので、知足に宛てたものとしては四番目、全部で七通目のものでした。(中略)

 さてこんな貴重なものが、このままでは永久に紙背に埋もれてしまうことを惜しまれた千代倉家当主の君雄様は、その手紙を日記帳から取り外して軸装することを思い立たれました。そうするとこんどは日記の記事が紙背に隠れてしまいます。そこで魚目さんにお願いして日記の該当部分を臨写していただき日記帳にはめこむことになりました。私たちは魚目さんがいとも易々(やすやす)と書き写されるのを見て感嘆しました。

 


★閑話休題・・・武藤紀子「先生とゆく俳諧の照葉みち」(「円座」2月・第60号)・・・

 で、「円座」には、他の連載に、中田剛「宇佐美魚目ラビリンス」(60)があるのだが、外部からの寄稿に、活きのいい俳人を幾人も起用している。記しておくと、外山一機「魚目と私(第11回)/不思議な魚目」、関悦史「平成の名句集を読む 第37回/鍵和田秞子『光陰』ー等身大と位格」、藤原龍一郎「句歌万華鏡 第28回/漱石。虚子、そして子規」、松本邦吉「芭蕉論ノート⑥/宗房、空白の六年間(四』『続山井』をめぐって」など、いわば、結社誌にしては、読みどころ満載なのである。ともあれ、本号より、いくつかの句を挙げておこう。


   猿酒夢の中では上戸にて        中田 剛

   春風や帆を立てかけてあるピアノ    清水良郎

   読初は古事記に見ゆる神の舞      鮫島茂利

   三つ撞かば三度(たび)楽しき秋の鐘  三好康子



     撮影・鈴木純一「生き残った負い目に一つ春の雲」↑

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