「現代短歌」No.84(現代短歌社)、特集は「震災10年/2011.3~」。高山れおな選「東日本大震災から生まれた五十句」、川野里子選「東日本大震災からうまれた短歌五十首」と二人の対談「短詩型にとって東日本大震災とは何だったか」。他に論考として、和合亮一「三月十六日、静かな夜に。」と長谷川櫂「当事者とは何か」、あとは「記憶に残る歌集/残すべき歌集 2011.3~2020」。そして関連性の深いと思われる新連載第一回・添田馨「呪神礼讃/言葉がひらく鎮魂の鍵穴」。対談では、高山れおなが、川野里子に尋ねられて「げんぱつ は おとな の あそび ぜんゑい も」「いろ も なき げげげ の かぜ に ざ して し を かく」の自句自解めいたものを披露している(震災当日、お二人は、高山は仕事で京都、川野はイタリアに居たという)。
高山 (前略)東京の住人でありながら地震に遭わなかったことに、大袈裟に言えば、天の意志を感じて、地震については詠まないことにしました。一方、原発事故のほうは関東も含めてずっと続いていく問題なのでまた別ということですね。
川野 「げんぱつ は おとな の あそび」という言い方が腑に落ちるかというと、むしろ震災後は原発の巨大さが途方もないものだというのがみんなの実感だと思うんですよね。怪物だ、と。あえて「おとな の あそび」と言い切られた心はどこにあるんでしょうか。(中略)非常に複雑なニュアンスを織り込まれてますよね。人間の文明全体を遊びといえば遊び、なのですが。
高山 しかし、その「遊び」も「大人の遊び」と言ってしまえば、文明的なニュアンスは後退して、一種の商業コピー的な調子の低さを帯びるでしょう。それも狙い。それから「ぜんゑい」という言葉のニュアンスこそ、歌人のみなさんには伝わりにくいかもしれません。前衛短歌運動自体は比較的短命だったとしても、塚本・岡井・寺山の名は栄光と共に歴史化されているはずですが、俳句では前衛というのはある時期以降、否定と嘲弄の言葉ですから。そのうえで、「大人の遊びだ、(わたしがやっている)前衛俳句も」と言っているわけです。
次の句は「色なき風」という古典由来の格調高い季語を、「いろ も なき げげげ の かぜ」と取りなして、被曝のことを詠んでいます。「し」がダブルミーニングで、「座して死を待つ」を「座して詩を書く」にずらしている。「げげげ」はもちろん「ゲゲゲの鬼太郎」から来ていますが、震災前年のNHKの朝ドラで、ゲゲゲという言葉がいつもより目につく状況だったことも発想のもとになっているでしょうかね。(中略)
身にしむといふは春もよ昼寝覚 『冬の旅、夏の夢』
春の句ですが、「身にしむ」は秋、「昼寝覚」は夏の季語です。季の異なる季節を一句にできるだけたくさん入れる技術的な遊びが目的で作った句で、同時に実感の裏付けもあることはある。その実感は別に震災に結びつけなくてもいいものですが、この句自体は二〇一三年の作で、震災以来の気分の落ち込みが続いていたことの反映がありそうです。広い意味での震災関連詠としてあえて自選三句に入れました。
川野 わたしのほうは奇妙な震災体験ということになるかと思います。というのはイタリアで体験したからです。息子から電話があって、とりあえず無事だと・・・それで切れちゃって、日本とつながらなくなったんです。夫の家族は福島にいますから、メールで連絡を取り合って。 (中略)イタリアでテレビに映し出されいたのは真っ赤に塗られた日本地図で、それが海の中にポツンと浮かんでいたのに・・・。
列島に日本人のみ残るといふあの舟に吾は帰るべきなり 『硝子の島』
あのときの心情です。(中略)
爆風のやうに桜花は白く咲き三度目の原爆かくもしづけき 同
原爆は二度も落されて、これっきりにしようと思ったはずなのに、三度目があった。水素爆発を起こしてまっ白に雲がひろがる映像は忘れられません。
あやまちはくりかへしませんから あやまちは いえあやまちはくりかへしませんから
同
引用が長くなってしまったが、他の部分でも短歌と俳句における私性の違い、あるいは現場性とフィクションについてなど、興味深い問題が語られていた。ともあれ、同号の50句・50首選のなからいくつかを以下に挙げておこう。
津波のあとに老女生きてあり死なぬ 金子兜太
春寒の灯を消す思ってます思ってます 池田澄子
原子炉の無明(むみやう)の時間雪が降る 小川軽舟
行方不明者一人残らず卒業す 小原啄葉
帰還不能(きくわんあたはず)
日(ひ)は
帆(ほ)に熟(う)れて
眼裏(まなうら)に 中里夏彦
ヒヤシンスしあわせがどうしても要る 福田若之
八方の原子爐尊(たふと)四方拝 高橋睦郎
心を入れ替えて入れ替えて入れ替えた心の前にも怖い現実 花山周子
ありがたいことだと言へりふるさとの浜に遺体のあがりしことを 梶原さい子
生き残りしものの簡素よさまざまな器抱へて給水を待つ 佐藤通雅
二人子を亡くした母がわたしならいりません絆とかいりません 小島ゆかり
被災せし人は誰も見ず 鳥瞰的津波映像を見るはわれらのみにて 花山多佳子
「私はふつうの子ども産めますか」見えぬ被曝に少女は叫ぶ 芳賀ナツ
うさぎ追いませんこぶなも釣りません もう しませんから ふるさと 斉藤斎藤
あなたのいふ「人の住めない処」に住みをれば何やらわれは物の怪のやう 高木佳子
そうそう、ブログタイトルにした筑紫磐井の句「吾(あ)と無」には、これ以上分割できない「アトム」=「原子」も隠され、掛けられていよう。俳句という極小形式も、わずか三音、もはやこれ以上には望めない短さではある(潜在する残りの十四音の欲動が介在しているとは言え・・)。
撮影・鈴木純一「限りなくゼロに近づく寝釈迦かな」↑
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