2022年10月25日火曜日

黛まどか「落葉して落葉してまだ落葉せる」(『北落師門』)・・


  黛まどか句集『北落師門(ほくらくしもん)Fomalhaut』(文學の森)、その「あとがき」に、

 

 気がつけば前句集『てっぺんの星』から十年が経っていた。今年私は還暦を迎える。(中略)

 初句集『B面の夏』の刊行からほぼ三十年の月日が流れた。俳句を始めてから今日まで私はどの協会にも属さず、俳壇とは距離を置いて独自で行動してきた。そのことで、多少の生きづらさを感じたことはあるが、他方、俳壇外の多くの人々との出会いに恵まれた。また、俳壇や俳人としての自分を、外から見つめる目を持つこともできた。

 タイトルの「北落師門」は、南の魚座の首星フォーマルハウトの中国名だ。旧都長安の城の北門を指す。別名「秋のひとつ星」。明るく輝く星が少ない晩秋の夜空にあって、南天にぽつんとともる孤高の星だ。クルーズ船で出会った元船長の石橋正先生に教えていただいた。以来北落師門は私の心にともり、輝き続けている。句集名を『北落師門』とした所以である。


 とあった。また、「あとがき」の後のページに「追而書」として、


 まさにこの稿を書いている時、期せずして石橋正先生のご子息から一枚の葉書が届いた。御尊父の訃報を知らせるものであった。句集『北落師門』の名づけ親とも言える石橋先生に拙著をお見せできないことは残念である。

 ご子息によれば、生前「自分は死んだらオリオン座に行く」とおっしゃっていたそうだ。オリオン座が高きに輝く一月に、先生は旅立たれた。


 ともあった。ともあれ、集中より、愚生好みになるが、いくつかの句を挙げておきたい。


     福島県飯舘村

  ひたすらに雪を重ねて村眠る

     福島県昭和村

  糸積みの婆を冬日の離れざる

     飯舘村

  帰らうとすればかなかなしぐれかな

     伊勢神宮式年遷宮

  空澄んで水澄んで神遷(うつ)りけり

     二月二十一日、三津五郎さん逝去

  ひとさし舞ひて凍鶴となりにけり

  水と金魚揺れをひとつに曳かれゆく

  多佳子忌や胸の高さに波崩れ

  月よりも橋が朧の祇園かな

  しかすがに水の香放ち草いきれ

  踏切の向かうも風の花野かな

  きりもなく砂盛る遊び蝶の昼

  ちちははに遅れて浴ぶる落花かな

    父 十月一日「中秋」に退院

  今生の月を見てゐる背中かな

  竹煮草しるべ通りに来しはずが

    父へ

  現し世を抽んでて咲く朴ひとつ

  よき音を立てて澄みゐる忘れ水

    父の忌日「秋水忌」に

  夕星に泛ぶ山なみ秋水忌

  水澄みて山澄みて父澄みゆける

  パントマイムとり囲みたるマスクかな

    ロシア軍、ウクライナに侵攻

  白鳥の帰りゆく地を思ひをり


 黛まどか(まゆずみ・まどか) 1962年、神奈川県湯河原町生まれ。



       撮影・中西ひろ美「一燈を点し始まる冬用意」↑

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