2016年8月13日土曜日
山口剛「戦争が近くなりたる百日紅」(「祭」第55号終刊号)・・・
昨年10月12日、山口剛(やまぐち・ごう、本名 中野剛)は食道がんで亡くなった。享年67。まだ若すぎる、という口惜しい死であった。
このたび「祭」終刊号が、彼の元に残されていた原稿類とともに夫人・中野美智子の手によって発行された。ブログタイトルに挙げた「戦争が近くなりたる百日紅」は、昨年8月、最後の句会に出句されたなかの一句である。
追悼の「山口剛を偲ぶ」では、河村正浩、青木澄江、村上あかね、柳田芽衣、古里昭夫が寄稿している。
彼は、上京するたびによく津沢マサ子宅を数人の俳人ととも訪ねていた。愚生も何回か同行させてもらったことがある。
夫人・中野美智子の「あとがき」の中には、
会員の皆様方より多くのご支援を頂き、また、遠方より沢山のお励ましのお便り、お言葉を頂戴し、55号を最終号として形にすることとしました。今回遺された資料から夫が55号に掲載したかった事柄を充分に載せることが出来たかは定かではありません。素人の私では夫の立場で判断する術もなく、皆様のお力をお借りして、何とか「祭」最終号を発行することが出来ました。本当にありがとうございました。
とあった。以下に河村正浩の「剛さんとの思い出、そして句集より」の中から、河村正浩の追悼句とともに、山口剛のいくつかの句を引用して挙げておきたい。合掌。
一月一日この山川を贔屓する 剛
寒牡丹の芯は確かに海鳴りで
この国はすでに戦前蛇の衣
母老いて北の渚のようである
晩年へ眼をみひらきて初桜
予告編みるように雪見ておりぬ
白鳥の帰心われらは手をつなぎ
浄土へと君秋風とになつて行く(弔句) 正浩
残照の海にいつまで冬の日矢(追悼)
シロサルスベリ↑
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