2017年10月31日火曜日
大牧広「秋風や征きたる駅は無人駅」(『シリーズ自句自解Ⅱ ベスト100大牧広』)・・
『シリーズ自句自解Ⅱベスト100 大牧広』(ふらんす堂)、必読入門書と銘打たれているが、著者の作句信条や作句姿勢については巻尾の「あとがき」めいた「大切にしたい山河・自分」に詳しい。そこには、
(前略)そうした地球上で俳人は俳句を詠もうとする。するとどうにも理解しがたい現実に出会うことになる。
現実的に述べると、たとえば、六人に一人は貧困のために満足に食べられぬ児童がいるという日本。仕事のために母親の深夜の帰りをバナナ一本で待っている子供、そうした不公平な世の中に目がゆく。
こうし現実を、俳人は詠むべきではなのか。丁寧に詩的にやさしく。
と述べられているが、本書では、俳句に向かう姿勢を詠んだ句も多い。例えば、
社会性俳句はいづこ巣箱朽ち 広
極道と句道と似たるはるがすみ
初句会たたかふ俳句欲しかりき
難解句であればよいのか蜘蛛に聞く
水貝や朦朧体の句は詠めず
中の「初句会」の句についての自解は、
「たたかふ」と書いても、暴力的な「たたかい」ではない。
この世の不当、不条理を詩情を込めて詠み上げた俳句を待っているのだが、毎日送られてくる俳誌の作品を読んでも、まことにのどかな俳句が載せられている。
よい意味での「たたかい」「毒気」が欲しい。江戸時代の月並み俳句では、余りにも現代的ではない。 (『地平』平成27年)
とある。86歳、大牧広の意気軒高に、愚生も含めて、なお若い世代の多くの俳人がお及ばない。ともあれ、本書よりいくつかの句を以下に挙げておこう。
もう母擲たなくなりし父の夏
老人に前歩かれし日の盛り
やや長き外套着ればダダになる
すててこや鉄が国家でありし頃
錐落ちてわが足を刺す涅槃の日
冬霧や東京が吐く深吐息
大牧広(おおまき・ひろし)昭和6年東京生まれ。
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