2019年10月21日月曜日

寺田京子「日の鷹が飛ぶ骨片となるまで飛ぶ」(『寺田京子全句集』より)・・



 寺田京子『寺田京子全句集』(現代俳句協会)、「後記」をしたためた宇多喜代子は、

  手を尽して寺田京子のご遺族や関係者などを探したがいずれも不明、生前、寺田京子と親しかった平井さち子も先年なくなった。したがってしかるべく手続きを経て、『寺田京子全句集』刊行委員会の責任においての出版となった。

 と、経緯がしるされている。刊行委員は、小檜山繁子・加藤瑠璃子・九鬼あきゑ・神田ひろみ・江中真弓・宇多喜代子である。栞文は林桂「雪の精」。その中に、

 (前略)全句集の京子は、圧倒的な言葉の強さを持つ作家である。『冬の匙』の京子は境涯性の高い作家だが、『日の鷹』の京子は社会性の強い作家だ。その二つが融合するように『鷺の巣』『雛の晴』の世界へ向かって行く。次第に穏やかになるものの、言葉のごつごつ感がある硬派の作家である。同時代にこのような言葉の質を持つ女性作家は稀有だろう。その存在感を改めて知る思いでいる。

 と、記している。いくつかの句を以下に挙げておきたい。

  少女期より病みし顏映え冬の匙 
  霧の夜へ一顏あげて血喀くなり
  ものいつてをらねば不安火蛾の闇
  水打つや生きる父より亡母恋し
  鵙に血を売る女の数より荒男のかず
  煖炉照り赤児抱きたし抱かれねば
  零下の汽笛今日生き通す声あげて
  待つのみの生涯冬菜はげしきいろ
  水張りつめ洗面器の冬生きのこる
  死後は無の凧わらわらとのぼりゆく
  氷橋人の渡りを犬が見る
  雪だるま泣きぬにわかの月あかり
  一生の嘘とまことと雪ふる木 

  寺田京子(てらだ・きょうこ) 大正11年、札幌生まれ。昭和51年没。享年54。




★閑話休題・・・九鬼あきゑ「生も死も花菜明りの中にあり」(『海へ』)・・・


『寺田京子全句集』刊行委員の一人であった九鬼あきゑ、その急逝により『海へ』は遺句集となってしまった。原百合子(「椎」同人)が「あとがきに代えて」で、

『海』は、九鬼あきゑ先生の第四句集です。
先生は、本年一月来、この句集の刊行に向けて準備を進めておりましたが、体調が急変し、二月十九日に逝去されました。

 と記している。享年76。まだまだこれからの時に、と思うと無念はいかばかりか。現代俳句協会の年度作品賞選考委員になられて、愚生はただ一度しか同席できなかった。加藤楸邨、原田喬の弟子であり、選考についての柔軟な姿勢といい、いい句はいいとする態度には、好感をもっていた。ご冥福を祈るばかりである。本句集の『海へ』の特質は、何と言っても畳語を駆使された句が圧倒的に多いということだろう。その中の一部になるが、以下にいくつかあげておきたい。

                  氷る氷ると天燈鬼龍燈鬼             あきゑ
ゆれるゆれると鳥の巣の木が二本
つばめつばめ空に漣あるごとし
生國はここぞここぞと船虫は
蟬しぐれ戦だんだん近づくか
にこにこと虎魚の鰭の話かな
つるるつるると初声は目白かな
カンカンと竹鳴ってをり午祭
雨二日二日うれしき水馬
ぞくぞくと真赤な蟹楸邨忌
もぞもぞとゐるくれなゐの大海鼠
春の鵜のせつせつと羽根撃ちてゐる
蛍の夜ひとりひとりになつてゐる
天狼の真下あかあかひよんどり
やんぞうこんぞうその先は春の灘
ゐるはゐるは海索麵の花のやう
若潮汲むひとりひとりの背中かな
窯五日がうがうと鳴り月明に
濡れるだけ濡れて九月の兜虫
わが俳諧をかえりみて
春潮に打たれ打たれて五十年
あをあをと綿虫二つ浮遊せり
大漁旗鳴りに鳴りたる二日かな

九鬼あきゑ(くき・あきえ)昭和17年、静岡県生まれ。

2 件のコメント:

  1. 九鬼あきゑ氏の句を初めてしみじみと拝見しました、リフレーン(畳誤、というのですか)、ふつうは、こういうやりかたは避けるものですが。ここまでテッテイすると、量感があり、迫力がありますね。ご冥福を祈ります。堀本吟。

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  2. 畳語、句集中には、まだまだ、ありますがありますが、紙幅もあり、全句の引用はできませんでした。コメント有難うございました。大井

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