2020年6月10日水曜日

茨木和生「湯を飲んでこらへてゐると水中り」(『恵』)・・・




 茨木和生第15句集『恵(めぐ)』(本阿弥書店)、著者「あとがき」に、

(前略)『恵(めぐ)』というのは私にとっては初孫の名前である。早いもので、この句集が出るころには恵は高校三年生になっている。もちろんこの句集は恵のことを詠もうとしたものではない。句集名として「恵」という名前を残したかったまでである。私にはみなみ、わかな、さやか、とあと三人の孫がいる。それらの孫は次男衛の三人の娘である。力を込めて作句しなければ、山口誓子先生が上梓された第十七句集に到ることができない。私は山口誓子先生を目標において作句してきたから、みなみ、わかな、さやかを、句集名として残したいと思っている。自分の句集を手に取って孫たちはどのように思ってくれるだろうか。力を込めて作句したいと思っている。

 山口誓子は92歳まで存命であったから、茨木和生は、まだ10余年を残している。本句集のように2年に一冊のペースであれば、孫の名を冠した残り三冊は軽く超えるに違いない。十分に射程距離内である。問題は、新しい孫が生まれ、その名を冠するという望みが次々に出てきたときであろう。いずれにしても、ここまで来られているので、あとは、体調に気を付けられ、ご自愛のうえ、是非とも望みを達成していただきたい。
 ともあれ、集中より、いくつかの句を以下に挙げておこう。

   目を送りゆく山々の遅桜           和生
   歌ひ手の減りたることも田植歌
   どの山も神庫(ほくら)がありて星月夜
      山尾玉藻さんは
   子規を知る俳人が父獺祭忌
   妻の死を知らざる賀状届きけり
   一月と違ふ二月の森の中
   山桜雲は日差を零し過ぎ
   山々はことごとく島雲の峰
   泳がせてみれば泳ぎて兜虫
   妻の名を記し形代流しけり
   韃靼帽きせたれどこの雁瘡は
   沖遠くまでまだ見えて秋の暮

  茨木和生(いばらき・かずお) 昭和14年、奈良県大和郡山市生まれ。



撮影・芽夢野うのき「天の羽衣ひかりは青葉つつむなり」↑

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