2014年3月22日土曜日
店のない本屋・・・
昔、本屋(書店)に勤めていたからか、出版業界、それも末端に位置した書店業界に関する記事にはつい目がいってしまう。
というわけで、最近東京新聞夕刊に連載されている石橋毅史「店のない本屋」は楽しみに読んでいる記事の一つである。
石橋毅史(いしばし・たけふみ)は最初の紹介に1970年生まれ、現在はフリーライターだが、出版業界紙「新文化」の記者、編集長を勤めていたとあったので、まんざら縁がないわけでもなかった。
愚生が本屋に勤めていたころから、「新文化」紙は、業界紙でありながら、ちょっと辛口のメディアで、業界全体はもちろんだったが、全国のちょっと変わった書店やちょっと変わった書店員を紹介する記事が多かった。愚生も一度、半年?くらい連載のコラムを書かされたこともあった。
愚生の勤めていた書店は、1967年、書店業界では初めての他産業資本から書店業界に参入したことをもって、日本書店組合による出店反対の抗議の対象だった。その後、東京八重洲口の鹿島建設による八重洲ブックセンター、西武資本によるリブロ、阪急資本のブックファーストなどの参入による他産業資本からの書店業界参入もめずらしいことではなくなった(当時の事情は愚生の『本屋戦国記』〈北宋社・1984年〉にまとめた)。
その後の書店間戦争は、多くの街場の本屋さんを潰していった。もっともこうした動向は街に大きなスーパーができると、豆腐屋も魚屋も八百屋もつぶれていったのと同じ社会的な構造変化でしかないのかも知れない。
書店業界は、ある意味で委託制度と再販売価格維持制度で守られていた街場の本屋も時代と資本の波に抗しきれず、コンピュータの販売データのみが支配する世の中となってしまった。
ホントウの書店ではない本屋(特殊なことかも知れないが、その本を必要としている人自身に届けるという意味で)をめざしている様々な人たちの物語を描いている連載が石橋毅史「店のない本屋」の主人公たちである。
例えば、阪神淡路大震災から復興しながら、昨年で閉店した神戸・海文堂書店(現・海文堂ギャラリー)のオーナーが今年1月17日、東日本大震災の東北と神戸をつなぐ13日間のイベントを実現した話など、この連載が始まってから一ヶ月ほどしか経っていないが、愚生は、次の記事を楽しみに、日々夕刊を待っている気分なのである。
農工大キャンパスの桜↓
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