行方克巳第8句集『晩緑』(朔出版)、集名の由来について、著者「あとがき」に、
(前略)昭和、平成そして令和を迎えた今も「季題発想」という私の作句信条は変わることはない。
また、俳句は「何を詠まなければならないのか」ではなく、「何をどう詠めばいいのか」であるという私の気持も変わらない。
この度の句集名は「新緑」に対しての「晩緑」というほどの心である。
と記している。それを句中にさぐると、さしずめ、
立志伝すぐに晩年緑濃き 克巳
ではなかろうか。愚生が言うのもはばかれるが、その地平は、行方克己の新境地のいくばくかを拓いていよう。ともあれ、集中より愚生好みに句を抽いておきたい。
出口なき入口ふたつ夏の夢
短夜の夢にこゑ喪ひしこと
沈むべく泛くべく沈み水海月
初夢の死んだふりして死んでゐる
成人式不参「少年A」のまま
この沼の食物連鎖草いきれ
東京は住みよき荒地野菊かな
好色の美徳すたれて西鶴忌
秋風の一大虚無であらんとす
鳳仙花ひとり遊びのいまもひとり
どれも千円全部千円十二月
齋藤愼爾に句集『陸沈』あり
陸沈また我が志寒椿
慶應義塾中等部二十八期生、栗原究宣君他界。
初めて担任した生徒であった。
死ぬる日のありて死ぬなり春疾風
いつの世の花の乞食(ほかひ)でありしかな
行方克巳(なめかた・かつみ) 1944年、千葉県生まれ。
撮影・葛城綾呂 タチアオイ↑
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