「週刊読書人」12月17日・第3420号(読書人)、恒例の年末回顧特集。「俳句」については、浅沼璞(あさぬま・はく=俳人・連句人)が執筆している。その中に、
(前略)ウィズコロナが常態化したこの一年、俳句というジャンルはどのようにこの状況と向き合ってきたか。それを問うためには、まずウィズスペイン風邪における俳句を今一度確認しておく必要があろう。その意味において谷口智行の随想集『窮鳥のこゑ』(書肆アルス)所収「スペイン風邪ー歴史に学ぶということ」の一章は貴重であった。そこで谷口氏は、感染死した大須賀乙字、二度罹患した芥川龍之介、後遺症に苦しんだ右城暮石らの作品を掘り起こした。
胸中の凩咳となりにけり 龍之介
耳病めば冬日かがやきわたるかな 暮石
いずれも言葉の身体化がなされた秀句だ。これらを近代的アプローチの到達点とすれば現代俳句はどのようなアプローチが可能だろうか。
と記されている。「また『鷗座』(鷗座俳句会)連載の『新型コロナウイルスの感染症と俳句」(松田ひろむ)は、コロナ関連の用語とその例句を広く網羅し、さながらコロナ歳時記の如き充実ぶりを発揮」とも述べている。ブログタイトルにした夏石番矢の句「あらゆる細道見えない王冠充満す」は、『世界俳句2021』第17号「新型コロナウイルス特集」からの句。その他、本欄(収穫の句集より)で挙げられた句などを以下に紹介しておこう。
ヰルスとはお前か俺か怖(おぞ)や春 高橋睦郎
尺取の出を間違えしまま歩む 志賀 康
地虫鳴くいうれい飴のひとかけら 井上弘美
書き折りて鶴の腑として渡したし 佐藤文香
セルビィのいそうな百葉箱に秋 木田智美
薔薇を愛す力石徹のごとく瘦せ 林 桂
本紙「俳句」のすぐ下には「短歌」欄、執筆者は藤原龍一郎。「今年、特記すべきは、現代短歌史上でも重要な二人の歌人の全歌集が刊行されたこと」とあった。その二人の短歌は、
崖下に観音像の立ちて在す西陽烈しきに不意に不意の思ひに 森岡貞香
鉛筆を持ちたるままに眠りゐき覚めて明るき春におどろく 馬場あき子
そして、迢空賞の俵万智『未来のサイズ』から、
制服は未来のサイズ入学のどの子も未来着ている 俵 万智
また、中堅歌人からは、二首を引用しておきたい。
時雨かとおもへば終日降る雨で都は遠いと言うて暮れゆく 林 和清
介護用品ふえるさみしい家を出て街を歩けば段につまづく 小島ゆかり
撮影・鈴木純一「生きているあかしは冬の犬酸漿」↑
0 件のコメント:
コメントを投稿