2021年12月15日水曜日

細谷喨々「死者のこと数で言ひたくなき寒さ」(『父の夜食』)・・

 

  細谷喨々第3句集『父の夜食』(朔出版)、栞文は工藤直子(祭々)「いつまでも」、その中に、


「螻蛄(けら)の会」と名づけ月一回。十一年たち、皆、俳句が好きになりました。

 今、私は句への会い方が少し変わったようです。「自分の好きな句を見つける」というより「句が、私に会いにきてくれる」という感じ。うれしい感覚です。


 とあった。さらに、本句集から選ばれた「螻蛄の会連衆の『私の好きな句』」とあるので、それを一句ずつ紹介しておこう。

 青梅やいつか口癖だいぢやうぶ  (草野良明〔餡々〕選)

 目瞑ればついと寄りくる風呂の柚子(保手浜孝〔敲々〕選)

 熾見つめ涙ぐむ子もゐてキャンプ (新沢としひこ〔俊々〕選)

 みとりとは生きることなり霜柱  (保手浜澄子〔澄々〕選)

 なめくぢも共に越し来て新居かな (草野ひとみ〔瞳々〕選)

 何処までが此の世彼の世の蛍かな (市河紀子〔紀々〕選)

 脈ひとつもうひとつとぶ夜長かな (斎藤ネコ〔猫々〕選)

 

 また、著者「あとがき」には、


 この第三句集は「林住期」の作品集です。還暦以降に私を俳句に引きつけてくれたのは私がリーダーを務めてきた二つの句会の連衆です。特に詩人工藤直子さんとその仲間との「螻蛄(けら)の会」はコロナ禍にもめげず熱心に活動を続けてくれました。その間に父は亡くなり、孫の数は増えました。

 もう故人となられた小児科医の大先輩の言葉に「晩年は死とむきあう年代のこと。本人の心構えに関するもので生理的年齢とは無関係である。」というのがあります。いよいよ私自身も晩年です。


 とあった。句集名に因む句は、


      昔々

  往診の父の夜食に子が集(たか)る       喨々

   

 である。私事になるが、愚生は本日が誕生日で73歳。やはり、晩年というしかない。ともあれ、愚生好みに偏するが、すでに挙げられた句を除いて、いくつかの句を記しておきたい。


  火炙りの地球と思ふ紅蜀葵

  寒くなき朝に不服の桂郎忌

  あはれ蚊の縋りつきたる栞紐

  むらさきが支へて春の虹立てり

    定年が来年一月二日。感謝礼拝、送別会は

    年内に済ませて、をはりに一句

  極め付きの数へ日ニ〇一二年

  うらなりの南瓜にありて向う疵

  頃合ひの中空にあり後の月

  古来稀とはとんだこと初暦

    永田和宏氏と神戸で

  如月や歌よみと汲む灘の酒

  行く春や自然死に〇検案書

  のぼるより落つる蛍のますぐなる

    BOEING777

  ボーイングフフフと読んでキャンプの子

  雪女まづ唇を塞ぎたる

  

 細谷喨々(ほそや・りょうりょう) 昭和23年、山形生まれ。

  


   撮影・中西ひろ美「O氏を呼ぶ鍋は煮えたか句はできた」↑

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