2021年12月5日日曜日

佐藤智子「ポインセチア私の階段へようこそ」(『ぜんぶ残して湖へ』)・・・


 佐藤智子第一句集『ぜんぶ残して湖へ』(左右社)、栞文は佐藤文香、その中に、


    新蕎麦や全部全部嘘じゃないよ南無

 「しんそば」から「ぜんぶ」へ続くバ行音、「ぜんぶ」から「じゃない」に通じるザ行音、そして「じゃない」から「なむ」へ。秋の爽やかな空気や新蕎麦の香がなぜか導き出してしまう急な感情を、我々は音のつらなりによって感じることができる。すべて嘘ではないことをどうにか伝えようとするが、伝えきれないで自分に還ってくる「南無」。「なむ」とつぶやいたあとの悲しげな顔が見える。


とあり、また、


 池田澄子が「軽快ならざるいのちの哀しみ」の作家だとすれば、佐藤智子は「軽快ないのちの哀しみ」の作家であるだろう。池田の作品は〈じゃんけんで負けて螢に生まれたの〉などの口語俳句として例示されることが多いが、その実、文語ベースの句も多くあるのに対して、佐藤智子作品は切字「や」を除けばほぼ現代語で書かれている。しかもそれは若さゆえではない。今の時代における、ひとりぼっちの大人が、ここにいる。


 さらに、


 佐藤智子の作品それぞれがキュートで残るものであることは言うまでもない。それ以上に、現代を生きる主体と現代語の文体が抱き合うダイナミズムを感じるにふさわしい、二〇二〇年代を象徴する一冊が出現したことを寿ぎたい。正直に言って、私はようやく安心できた。


 とまで記されている。集名に因む句は、


  炒り卵ぜんぶ残して湖へ     智子


 だろう。ともあれ、以下にいくつかの句を挙げておきたい。


   エルマーとりゅういつまでも眠い四月

   紙詰まり直しにすぐに春の指

   豆の花膝に影絵の蟹で待つ

   ドット着て端午飽きてるフリスビー

   アメリカンチェリー親孝行ってどうしてる?

   オリーブのすっぱいパスタ明日にする

   タクシーで黙るこれより冬に入る

   冬の香水知らない強い言葉たち

   そつなくてせつない 雪のすこし在る

   給水塔寒さを脳に通さずに

  

 佐藤智子(さとう・ともこ) 1980年生まれ。



 撮影・中西ひろ美「ぎんなんを踏んでしまった生きていた」↑

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