2021年12月31日金曜日

山田千里「人形が人間になる 野分」(「ぶるうまりん」43号)・・



 「ぶるうまりん」43号(ぶるうまりん俳句会)、特集1は「今泉康弘著『人それを俳句と呼ぶ』を読む」、執筆陣は山田千里「今、今泉康弘は新鮮である」、芙杏子「勉強会風景」、瀬戸正洋「著者を囲んで」、書評に土江香子「『渡邊白泉の句と真実』俳人と戦争」、生駒清治「『人それを俳句と呼ぶ』俳句評論を超えて」、エッセイに今泉康弘「映画ばかり見ていた」。特集Ⅱは「大久保春乃歌集『まばたきのあわい』を読む、執筆陣は、酒巻英一郎「『あはひのまばたきー極私的女歌史に沿ひて」、瀬戸正祥「三角定規」、今泉康弘「深きあわいに」、他に、12名の同人による一首鑑賞。

 そして、招待席に特別作品20句、救仁郷由美子「友が居る」がある。御門違いかも知れないが、愚生から一言感謝を申し上げたい。救仁郷由美子はここ数年、病床にあって、この間、愚生はひたすら無力であり、ごく限られたといっても数人、いや一人か二人とのメールのやり取りがあるくらいであって、その機微に、愚生はまったく触れていない。その中のお一人が山田千里氏である。彼女からの毎日のようにハガキなどもいただき、それが、今回、特別作品二十句となって結実しているとおもわれるが、そうしたやり取りの中で生まれた句を、こうして活字にして発表することになろうなどとは思いもよらないことであったろう。感謝の他はない。しかも、救仁郷は数カ月前までは、メールはおろか、活字もテレビも音楽も、何かの用事での伝言以外は、愚生も部屋に立ち入らせず、すべて遮断した世界にいたにもかかわらず、陽の射す場所へと導いていただいたことに感謝するのみである。先月下旬、救仁郷は近くのホスピスに入院、コロナ禍中で面会制限もあった。が、痛みのコントロールもそれなりに何とか出来、病状は安定しているので12月18日に退院が叶い、現在は自宅療養中である。ともあれ、その救仁郷の2句と、あわせて、本誌中からの句歌を以下にいくつか挙げておきたいと思う。


  頻闇(しきやみ)の淵(ふち)はるかより浮かびくるひらり耳ふわりふた耳

                                大久保春乃

  南天の色づく先を友が来る       救仁郷由美子

    師安井浩司闘病中

  日々帰らん 悲しみ滲む破芭蕉


  本当に消去しますか黒い雨        生駒清治

  一度だけ人は死ぬると秋あかね      池田紀子 

  冴へ返る細胞のこうしん無限です    及川木栄子

  口を隠すタロット占ひ師や無月      瀬戸正洋 

  こなごなの せいざ こなごなのさざんか    塵

  木の実独楽記憶の襞の防腐剤       田中徳明

  月の雨 一九七一 「イマジン」     土江香子

  沿線は顔のない街穴惑い         東儀光江

  人流の止まぬ新宿ハエ叩く        平佐和子

  ふらここの白いいねむりときどき風    普川 洋

  コロナワクチン自主的というよりも    吹野仁子

  まんげつのよはいつでもまみむめも   三堀登美子

  となみはる坂の半ばに震ふ秋       芙 杏子

  老人にサルビアの緋が揺れている    村木まゆみ

  何もいらない 残像としての月欠片    山田千里



        撮影・鈴木純一「わた虫が飛んで体育坐りかな」↑

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