2017年8月25日金曜日

久々湊盈子「緩和ケアに眠れる姉に会いにゆく遠く水木が風にうねる日」(『世界黄昏』)・・


 
 久々湊盈子第九歌集『世界黄昏』(砂子屋書房)、著者の様々な願いが詰まった歌集である。集名は以下の一首から、

  濁声(だみごえ)に大鴉は鳴けり唱和して二羽また三羽世界黄昏(こうこん) 

「あとがき」に、

 いま、この国はどこへ行こうとしているのか。五年後、十年後の世の中はどうなっているのか。自らの人生の始めと終わりに戦争があった、などという悪い冗談のような事態にだけはなってほしくないと思う。

と記している。また、巻頭には「水木」「夏つばき」などの題で、先年亡くなった双子の姉・長澤奏子を詠んだ歌が収められている。

 三味線を弾きし手、マフラー編みくれし手を握りては呼びかえしたり
 うぶすなの墓に在(いま)せるちちははに姉が逝きしといかでか告げん
 姉の名に罫が引かれてこの年の俳句年鑑編まるるならん

 俳人としての長澤奏子は、小川双々子の弟子で「地表」同人だったが、小説集も上梓し、遺句集『うつつ丸』が妹・久々湊盈子の手で編まれている。
 本歌集には、前歌集『風羅集』以後、2012年から2016年までの約5年間、500首が自選されている。
 ともあれ、愚生好みの歌をいくつか挙げておきたい。

   十方に木々のみどりは満ち満ちてわが直情を宥(なだ)むるごとし
       小高賢氏急逝
   あの子がいいあの子が欲しと一人ずつ呼ばれゆきしが誰も戻らぬ
       師・加藤克巳長逝
   「誰にも均しく時の埃は降りつもる」師は逝きわれは少し老いたり
   少年のまま死にしゆえ永遠に澄みたるまなこアルバムの兄
   女のくせに、と言われつづけて少女期は楽しく過ぎき老女期もまた
   三日三晩船にゆられて帰りしは虚ろなふるさと被爆長崎
   ここで死ねとホテルのパティオに放たれて蛍は首都の夜をまたたく
   われにある五人の孫の十年後、二十年後も空は青いか
   右折せよ右折せよと指図してこのごろ日本のナビはうるさい

久々湊盈子(くくみなと・えいこ)、1945年、上海生まれ。




0 件のコメント:

コメントを投稿