2017年8月3日木曜日

松山たかし「母の日にもめるかもめる海の音」(『新・とどのまつり』)・・



 松山たかし『新 とどのまつり』(象の森書房)、略歴に、19歳 坪内稔典氏に誘われ京都学生俳句会「あらるげ」入会とあった。「あとがき」には、さらに「この新・とどのまつり」は私の第3句集にあたる。ただ『とどのまつり』という句集はない」と述べ、

 「新・とどのまつり」のとどは
 「とど」、「鯔」のこと。
 食べてもそんなに美味くない。しかし、出世魚である。
 さらにはトビウオではないけれど飛ぶことがある。

と記されている。 坪内稔典の跋文「面白がる松山クン」には、その出だしの書名を『とどのつまり』とわざと書いているのに面白がるネライが覗える。

 おっ、やるな、松山クン!
 『とどのつまり』を開いて数ページ目で私は右のようにつぶやいた。次の句に至って、松山クンを見直した。

  梅雨空をシフォンケーキもシフォンシュギ

もちろん、シフォンシュギは梅雨空やシフォンケーキの影響を受けた資本主義。資本主義のゆるみ、あるいは曖昧さが、梅雨空のシフォンケーキのようなのだ。それにしてもシフォンシュギという言葉を思いついたところがすごい。たしか昔、日本語のハ行はファと発音されたのだった。紫式部や在原業平だとシフォンシュギと発音しただろう。
 
 著者は、言葉の必然性、最適性にこだわった作品を集めたと言い、独りよがりではあるけれど、こんな俳句もあるのではないか、と威勢でまとめた140句なのだという。
ともあれ、いくつかの句を以下に挙げておこう。

  土踏まず踏めば地雷よ花の乱      たかし
  建国日雀のお宿舌を切る
  サクランボ民主主義の二者択一
  油照り次女はもっぱら油売り
  さくらちるひとこぶらくだだらくする
    (さくら散るヒトコブラクダ堕落する)
  七転び転んだままに夏来る
  あいにくという肉体の夏涼し
  新米の兵士ほどほど穀潰し
  鳥帰るファミリーレスのレストラン
  寄り道の挙げ句の果ての帰り花
  



 

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