2019年6月12日水曜日

黒田杏子「花冷えの月花冷えの星けふも」(「藍生」6月号)・・



 「藍生」6月号(藍生俳句会)は「特集『木の椅子』からの出発」でいわば黒田杏子特集である。来月も続くという。今回の黒田杏子特集には、今は無き、当時の「俳句とエッセイ」4月号(牧羊社)からの転載(第6回現代俳句女流賞・第5回現代俳句協会新人賞黒田杏子『木の椅子』)があるが、愚生がまだ三十代の初めの頃、たしかに久々に、これまでにない魅力のある句集だったことを覚えている。その飯田龍太の選評に、

 黒田杏子さんの作品は、決して巧緻精妙とういうのではないが、生得と思われる明るく若々しい感性がのびのびと示され、読後の印象がまことに爽やかである。感性そのものに瞭かな向日性がある。見たもの、感じたものに余分の粉飾をつけないのがいい。あるいは現代俳句の節穴に目を向けないのも、作品の鮮度を生み出すひとつの原因になっているかも知れない。

 と述べている。その黒田杏子に最初に会ったのは、髙柳重信13回忌の富士霊園への貸し切りバスの中だったらしい。いわば旧「俳句評論」系の人たちに混じって彼女がいた。夏石番矢、澤好摩、仁平勝とまだ健在だった攝津幸彦がいて、彼女は、確か宗田安正の隣に腰掛けておられたような気もするが定かではない。先年、黒田杏子にお会いしたとき、「アンタはちょうど真後ろの席で仁平君と一緒にいた」という。愚生は殆ど失念していたのだが、当時は高屋窓秋、三橋敏雄、松崎豊、阿部九鬼男、寺田澄史などがまだ健在だった。
 本号には、坂本宮尾「博報堂時代の黒田杏子先生」、藺草慶子「黒田杏子という俳人」、名取里美「金の沓の君 黒田杏子句集『木の椅子』を読む」、高浦銘子「句座を共にして」など現役の方々と、旧稿の転載として、永六輔「どこにいても似合う人」、『木の椅子』選評の飯田龍太「明るい感性の魅力」、鈴木真砂女「溢れる新鮮味」、野沢節子「感想」、細見綾子「『木の椅子』選評」、森澄雄「闊達と清新と」、瀬戸内寂聴「木の椅子の作者」、神尾久美子「金の沓爽やかにー黒田杏子小論」、古舘曹人「黒田杏子の分析」など、錚錚たるものである。
 本誌「後記」には、

 (前略)現代俳句女流賞と俳人協会新人賞、この二つの賞が同時に天から降ってきたとき、私は四十三歳。博報堂に勤めて二十年。三十歳からスタートしました「日本列島櫻花巡礼」も母と黒田以外誰も知らない単独行。フルタイムの勤め人の生活のリズムの中で、ようやく佳境に入ってきた頃のこと。(中略)表2の贈賞式のパーティでは、かの高柳重信先生に最初で最後の面会。「この賞は価値がある。選者の顔ぶれが貴重」と。さらに「僕の親友ですよ」と詩人の石垣りんさんにもお引き合わせ下さったのです。まことに得がたい一日でした。

 とあった。以下に『木の椅子』からいくつかの句を挙げておこう。

  雪嶺へ身を反らすとき鶴の声      杏子
  きのふよりあしたが恋し青蛍
  暗室に男籠りぬ梅雨の月
  白葱のひかりの棒をいま刻む
  かもめ食堂空色の扉の冬籠
  柚湯そてけふとあしたの間(あはひ)かな





★閑話休題・・三好美津子「蟻踏んで近づく戦没慰霊の碑」(『疾走』)・・

 
黒田杏子つながりで、三好美津子第一句集『疾走』(角川書店)、序文は黒田杏子、それには、

 考えてみると、「藍生」という集団の中では、三好さんは夏井いつきさんやワシントン在住のアピレゲール・フリードマンさんと同世代。六十代に入ったばかりのまさに女ざかり。人生の花の時代を迎えておられる。
 いまや、いつきさんやアピレゲールさんは名実共に天下に突出した存在の俳人であるが、全く無名の一市民である三好美津子の人生とその俳句作品の豊穣さは、天下に名を馳せるこの二人に比して全く勝るとも劣らない。

 とある。集名にちなむ句は、

  百粁先の初富士へ疾走す   美津子

である。著者「あとがき」には、

 (前略)二十余年の句を読み返すと、その時々の感情が蘇ります。いつも傍らに俳句があったことは、私にとって大きな支えとなりました。
 父が亡くなったとき、句が次々と溢れ出て自分でも驚きました。うとましく思っていた父ですが、ひとりの人間として認め、慕っていたことに気づきました。

と、なかなか切ない。ともあれ、集中より、いくつかの句を挙げておこう。

   うとましき哀し愛しき秋の父
   子はみんな踏むひとしきり霜柱
   銀河爆発地球には春一番
   初花と一番星とひかりあふ
   蟬よりもたしかなる数蟬の殻
   紅梅にけさ青空の開けてあり
   父に告ぐる前に消えたるぼたん雪
   嘘ばかり重ね逝かせし父朧
   泣くときはひとりと決めて春の星
   
 三好美津子(みよし・みつこ) 1956年生まれ。


1 件のコメント:

  1. 三好美津子です。
    取り上げて頂き、ありがとうございます!
    嬉しいです。第二句集、準備中です。
    お楽しみに!

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