2020年10月21日水曜日

井口時男「断腸花骨を拾ひに行く朝の」(「てんでんこ」室井光広追悼号)・・・


 「てんでんこ」室井光広追悼号(七月堂・てんでんこ事務所)、一冊まるごとの追悼号である。巻頭は、病床の室井光広と金子昭とのメールの交換を記録したもので、「室井光広の古い携帯電話に、《ゲンテルセン通信スムーレ篇》と名づけられた、送受信合わせて150通ほどのメールが残されていた」のだ。


 「ゲンデルセン」はキルケゴールのキーワード「受取り直し」のデンマーク語ゲンターエルセ(Gjentagelse)とアンデルセンの「sen」(息子の意であり、「遅れた、遅い」の意もある)を結び付けた造語。本人好みの自称でもあり、「遅れてやってきた後輩」にぴったりの呼び名(幻弟生とも表記)として大学の後輩にあたる6歳違いの金子昭氏に対して使われた。

 スムーレ(Smule)は「断片、破片、屑片、かけら」の意のデンマーク語。これを「欠け端」は「架け橋」に通じるとしていた。


という。短い部分を以下に抄録する。


19日 15:59

薬剤がここまで「複雑」になると医者は痛苦経験に関しては何もできない・・・その点、近代医学130年に対して、前近代1300年の歴史をもつはり・きゅう・あんまは、天理教と似た、説明できないパワーをもつ・・・何年も前から不可思議な「縁」で結ばれた友人の鍼灸師、僕は「くす師」と呼ぶが、・・・この人にしょっちゅう病院に来てもらえている・・・詳細は不明だが、金子さんは来年この人に会う定め・・・(笑)・・・室井

 19日 16:23

 近代医学の歴史を十倍超える伝統医学というのはすごいことです。「くす師」の先生が

 痛みの癒しを引き受けて下さるわけなのですね。私もちょっと安心いたしました。来年

 お目にかかることを、私も楽しみに。金子昭拝


 他に、吉田文憲「空域」、佐藤享「切手のような土地ー室井さんとの思い出」、田中和生「世界文学をあざなうー室井光広論序説」、平田詩織「星と/またたく」、綱島啓介「縄文の狼煙」、村松真理「従姉の居どころ」、田中さとみ「F」、山岸聡美「向島たより」、山岸加豆美「室井先生とのこと」、長内芳子「驚愕の数珠」、角田伊一「オッキリの人、室井光広」、金栄寛「ルンペルシュティルッヒェン」、川口好美「随想ージェイムス・ジョイスと『エセ物語』」、藤田直哉「『おどるでく』考」、杉田俊介「室井光広論その序論の門前ノート」、山本秀史「『星に祈るということ』のこと」、ここでは、井口時男「追悼句による室井光広論のためのエスキース〔増補版〕」のなかから、多くを引用したいところだが、スペースがない。若干の句と文ひとつを以下に紹介しておきたい。

(前略)

   君逝くや秋たまゆらの黒揚羽       

   黒い揚羽の影がちらつく水の秋

 「たまゆら」には「魂揺ら」の意が「エコー」するだろう。その背後には原義だという「玉響(たまゆら)」(巫女の手にした玉が触れ合って鳴る)も「エコー」する。それなら鎮魂または死者の霊魂を賦活するための「魂振り」の意味もこもるはずだ。

「エコー」は室井光広の愛用語である。言葉(文章)を読むとは、眼前の言葉(文章)の背後から聞こえてくる「エコー(こだま)」を聴き取ることなのだ。室井によれば、古今東西の全言語空間(全文学空間、全テクスト空間)は言葉同士が触れ合って反響し合う「エコー」の宇宙なのである。

 夜になってから多摩川の土手に立ってみた。夜空は霽れていたが、月はなく、私の眼には星もよく見えなかった。

   

   銀河茫々君よく隠れよく生きたり


 「よく隠れた者はよく生きた」はオヴィディウスに由来するラテン語の諺で、デカルトの座右の銘であったらしいが、私は秋山駿のなにかのエッセイで知ったはずである。

 たしかに室井光広は「よく隠れた」。彼は東日本大震災の翌二〇一二年春に東海大教員を辞めて文芸ジャーナリズムからも「隠遁」した。(中略)私の中途半端な「隠遁」とちがって彼の「隠遁」は徹底していて、諸雑誌編集部にわざわざ申し入れて雑誌寄贈すべて断り、「文芸年鑑」からも名を削除してもらったという。

 しかし、彼はその年の末に雑誌「てんでんこ」を創刊した。誌名は、津波が来たらとにかく「てんでんこ」(一人一人)で逃げろ、という、大震災後に話題になった東北の格言に由来する。(以下略)

 

   棺にりんだう大字哀野を花野とす        時男

   秋さびし木霊かそけき森に来て

   行間に魑魅(すだま)隠れる秋灯下

   手習ひの兄おとうとよ霧の村

   名刺あり「私設月光図書館司書」

   あんにやとて書(ふみ)読む秋を木挽唄

   黄落の中を眼病みの独学者

   鵙の贄なほあざらかな耳と舌

   言語野はヨミの花野ぞ踏み迷へ


室井光広(むろい・みつひろ) 1955年1月7日~2019年9月27日



         撮影・鈴木純一「音ひとつ外れていたり鰯雲」↑

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