2020年10月24日土曜日

高篤三「白の秋シモオヌ・シモンと病む少女」(「俳句界」11月号より)・・・


  「俳句界」11月号(文學の森)、特集は「今もひびく昭和の名句・前編」で、今号は明治生まれの50人の昭和に詠んだ名句を紹介するというものだ。なかなか壮観である。総論は青木亮人「述志の文業」である。いつもながら、青木亮人の筆法は小気味良い。昭和の俳句を貫く根が「述志の文業」とは、その特質をよく掴んでいると言えよう。冒頭には、


 昭和俳句を日本韻文史上の高峰に押し上げたのは、明治生まれの俳人だった。例えば、「ホトトギス」昭和二年九月号の雑詠欄を見てみよう。

 啄木鳥や落葉を急ぐ牧の木々    秋櫻子

 蟻地獄みな生きてゐる伽藍かな    青畝

 方丈の大庇より春の蝶        素十

 七月の青嶺まぢかく溶鉱炉      誓子

四Sと称され、史上に名を刻む彼らの傑作が同月号に並ぶさまは圧巻である。


 と書き出し、


いずれも前例のない破天荒な句ばかりで、彼らは二十代半ばから三十代半ばの若さであり、全員が明治生まれだった。(中略)

 昭和俳句が壮観なのは、その「ホトトギス」に与することを潔しとしない俳人からも続々と傑作が生まれた点にある。

 ちるさくら海あをければ海へ散る   窓秋

        (「馬酔木」昭和八年四月号)

 算術の少年しのび泣けり夏      三鬼

 緑蔭に三人の老婆わらへりき     同

      (「京大俳句」昭和十一年八月号)   (中略)

 明治に生まれ、大正、昭和と生きた彼らの時代はあまりに激動で、彼らの負った傷は深く、心の闇は黒々と淀んでいた。その激情は怒髪天を衝き、豊かな喜悦は世界を覆いつくすばかりの大きさがあり、何より志や信念を本気で抱きえた人々だった。


 と記している。青木亮人は、ほかに同誌同号には「近現代俳人の肖像」を連載しており、今回の特集の伏線であるかのようである。今号はその第11回「富安風生/逸話のさざめき、句の面影」である。その結びに、


 ようやく全ての役職から離れた戦後のある夏、風生は山中湖畔の山荘に滞在する。時に七十一歳、句作に励んで四十年が経とうとしていた。山荘で早朝の暁方に起床した風生は、湖の向うに富士山を眺めている。(中略)この無償に満ちた荘厳な大景こそ、風生が生涯を費やした仕事と句業の中で信じ、求め、一心に磨いてきた精神のありようを体現していたのではないか。

  赤富士に万籟を絶つ露の天

  

 愚生は、本特集50人以外に零れた、あまり世間には知られていないが、過酷な戦前に、見逃せない句を残した人々を、不十分ながら「補遺~その他の俳人たち」として、これもほぼ同数の50名近くの句を抽出した。併せて、以下に、いくつかの句を以下に紹介しておこう。


   奥白根かの世の雪をかがやかす       前田普羅

   誰彼もあらず一天自尊の秋         飯田蛇笏

   湯豆腐やいのちのはてのうすあかり   久保田万太郎

   いなびかり北よりすれば北を見る     橋本多佳子

   夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり       三橋鷹女

   人類も天下の蠅や舞舞(ブブ)・舞舞(ブブ)・(ブ) 永田耕衣

   ものの種にぎればいのちひしめける     日野草城

   切株は じいん じいんと ひびくなり  富澤赤黄男

   大戦起るこの日のために獄をたまわる    橋本夢道

   美しき緑走れり夏料理           星野立子

   死ねば野分生きてゐしかば争へり      加藤楸邨

   雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと  松本たかし 

   しんしんと肺碧きまで海のたび       篠原鳳作

   てんと虫一兵われの死なざりし       安住 敦  

   子にみやげなき秋の夜の肩車       能村登四郎

   屋根屋根の夕焼くるあすも仕事がない   栗林一石路

   白藤や揺りやみしかばうすみどり      芝不器男

   歳晩やキネマはねたる市の塵       吉岡禅寺洞

   陽へ病む                 大橋裸木

   あめふるふるさとははだしであるく    種田山頭火

   血に痴れてヤコブのごとく闘へり      神崎縷々

   ラガー等のそのかちうたのみじかけれ    横山白虹

   桐の花天ににほへり地に輪舞(ろんど)   藤田初巳

   戦闘機ばらのある野に逆立ちぬ       仁智栄坊

   葉桜の中の無数の空さわぐ         篠原 梵

   山陰線英霊一基づつの訣れ        井上白文地

   特高が擾す幸福な母子の朝         中村三山

   桜濃くヂンタかするゝ夜空あり       石橋秀野

   なにもかもなくした手に四枚の爆死証明 松尾あつゆき

   くろぐろと雪片ひと日空埋る        相馬遷子 

 


       撮影・鈴木純一「すが漏りの月いやいやと真ん中に」↑

0 件のコメント:

コメントを投稿