2022年9月22日木曜日

岡井隆「死について語り合ふこと多し。死は生の完結なりやそれとも?」(『あばな/阿婆世』)・・

 

 岡井隆遺歌集『あばな(阿婆世)』(砂子屋書房)、本書「あとがきにかえて」は未来短歌会。その中に、


 この歌集は岡井隆の三十五番目の遺歌集となります。

 岡井隆が亡くなったのは二〇二〇年七月十日、九十二歳の夏でした。

 二〇一七年十二月に胃癌による胃切除の手術を受け、それ以降は総合誌などからの依頼はほとんど断っていたそうです。(中略)

 中断ののち再開された「未来」への作品は、再録や改作などの掲載が多くなっていきましたが、ニ〇年二月号から同六月号までは新作を発表。奇しくも五月号と六月号のタイトルは「死について」。絶筆となった六月号の最後は、

  ああこんなことつてあるか死はこちらをむいててほしい阿婆世(あばな)といへど

という歌でした。歌集のタイトルはこの歌から「阿婆世」をいただきました。ルビにある「あばな」は、岐阜あたりの方言で「さようなら」の意味のようです。岡井が幼年期を過ごした名古屋でもつかわれていたのでしょうか。真偽はわかりませんが、「あばな」という語感は、最後まで韻律にこだわり続けていた岡井隆の遺歌集にふさわしいと思われます。


 とあった。愚生は若き日、実行委員の一人で東京での開催の現代俳句シンポジウムに、岡井隆と三橋敏雄の対談が実現したとき、岡井隆が「日野草城はもっと見直されていい俳人である」と語っていたことを思い出す。それから、何十年後か、夜遅い総武線の三鷹終点の電車で偶然に対面の席に座られていた。本書のエッセイ「未来編集後記」によると、三鷹の陽和会病院に通われていたことが出ていた。実は愚生も14,5年前に尿路結石の手術を受け、もろもろの持病で、現在も定期的に通っている(泌尿器科では名医らしい。というのも、愚生の手術は、もともと武蔵野赤十字病院で行われたが、上手くいかず、そこからの紹介状で、あらためてのやり直し手術を陽和会病院現院長にしてもらった。病院には、当時の天皇皇后両陛下の訪問の写真が飾られていた)。ともあれ本集より、愚生好みに偏するが、いくつかの歌を挙げておきたい。


 背後には軍の動きがあるやうだどの石もどの石も蒼白

 明日癒(あすいや)されるなどと思ふな虹色(にじいろ)の渇きを疑ふがよい

 境涯(きやうがい)つて石があるのを忘れるな夜明けとそして 朝のあひだに

 死といふはあんな翼を持つのかも知れぬ蒼ざめて空を飛んでる

 そして今日胃カメラを待つ肉体は卒寿にちかくおびえ止まざる

 花たちが唱つてるなんて残酷な嘘だかれらは暗い、ぼくより

 母校つて アンビバレンツな存在だ さういへば母(はは)つて常にさうだが

 流れてるのは見えるけどその水は僕のところまで来ることはない

 しかし、なあ、門は正午にひらくつて安うけあひはあぶないよ、君

 門はゆつくり開(あ)きつつ門番の君は見送るだけだとしても

 室内のフロア歩きのノルマでは「箱根の山は」を唄ひつつ行く

  

 岡井隆(おかい・たかし) 1928年1月5日~2020年7月10日、愛知県名古屋生まれ。



★閑話休題・・江田浩司著『前衛短歌論新攷』・・・

 江田浩司『前衛短歌新攷』(現代短歌社)、副題に「言葉のリアリティーを求めて」とある。本書第一章は「岡井隆論」である。第二章「山中智恵子論」、第三章「浜田到論」、第四章「塚本邦雄論」、第五章「玉城徹論」、第六章「言葉のリアリティーの探求」。600ページを超す大著である。その岡井隆論には「蒼白の馬との遭遇ー哀悼 岡井隆」が収められている。その中に、


  〈あゆみ寄る余地〉眼前にみえながら蒼白の馬そこに充ち来(こ)

この歌に出会うことがなければ、私は短歌を創作していない。当時、俳句の結社に所属していた私は、現代短歌にまったく興味がなかった。(中略)

 岡井さんがお亡くなりになったのは、私が「現代短歌」九月号の掲載稿「岡井隆はなぜ詩を書くのか」(本章Ⅱ節)の最終チェックをした日である。私は拙稿によって、密かにお見送りをしていたのだと思った。


とあった。また、本書の「追いがき」の結びに、


 私が拙著によって思考したものは、第一に、「言葉のリアリティー」である。短歌詩型による言葉自身のリアリティーの実現ー私はそこに、詩としての短歌の究極の姿を見ている。それこそが、真の前衛短歌の姿だと思っているのである。その真の姿は、レトリックを通して、レトリックを超克するところに拓かれる。表現や意味の整合性の解体や脱臼が、言葉の現われとイデアとの関係性の下で、いかなる現象を表象するのか。詩としての短歌と真の前衛短歌は、この問題を抜きにしては成立し得ない。


と記されていた。



    撮影・鈴木純一「はつあらし抱きとめられて横にされ」↑

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