2021年3月3日水曜日

打田峨者ん「長じてやいつから此処に朧飯」(「門」3月号より)・・・


 「門」3月号(門発行所)、近藤萌が同号「一誌一会」のコーナーで1ページ全部を使って、我らが「ー俳句空間ー『豈』63号」を懇切に紹介している。かつて俳句総合誌でもこんな扱いを受けたことはないように思う(特段の特集紹介記事以外では・・)。じつに珍しいことである。


 (前略)今号は、創刊40周年を迎え、座談会と大本義幸追悼を組んでいる。

 判型はB5判、「豈」の黒々とした文字と抽象的な表紙絵が目を引く。

  ▷表紙裏には、今月のハイライト。

  来たこともみたこともなき宇都宮  /発行人 筑紫磐井

「豈」四十周年の文字と氏の写真。

  ▷特別作品。 池田澄子、打田峨者ん、高山れおな、藤原龍一郎、山﨑十生。(中略)

▷新鋭招待作家作品 大本義幸追悼 /「大本義幸・望郷と酸」藤田踏青、「ヴァルネラビリティの詩学」堺谷真人。大本義幸「硝子器に春の影みち」を紐解き、非定型、自由律派として活動し、病を得て「硝子」と「薄氷」の危さを自画像として受け入れた俳人の心の痛みを掬いとっている。(中略)

▷創刊四十周年記念座談会ー「豈」の創刊前後ー大井恒行、藤原龍一郎、堀本吟、(司会)筑紫磐井。創刊同人が当時のエピソードを紹介。表現の自由について、「結社」ではなく「結誌」として許容度の広さを窺い知ることができる。(中略)

▷他に「特別寄稿」わたなべ柊、「『豈』62号・読後評」川崎果連、と多彩。既成の俳句的感覚や常識に引きずられることのない、個々性の表現意識が迸る。


  文中に引用された句を以下にまとめておこう。


  灯の下のアネモネあんな日があった    池田澄子

  長じてやいつから此処に朧飯      打田峨者ん

  八月が野ざらしのまま錆びてゆく     川崎果連

  かたちないものもくずれるないの春    大井恒行

  ざく切りのキャベツの自由瓶詰に     北川美美

  性格はだまされやすし薔薇は実に     筑紫磐井

  春暮れて地平線の階段あったよな     千川桃生

  レモン型・ビール型・コロナ型とや夏   早瀬恵子

  道端に自殺未遂の熟れたトマト      藤田踏青

  性格はアヒル姿は鬼である        小池正博 


 深謝である。北川美美は、先般、薬石効なく、55歳で亡くなった(今、思えば、「瓶詰めに」は自らの喩であったか、とも思う)。ともあれ、同誌同号より、掲載のお礼替わりになるかならないかは不明だが、いくつかの句を以下に挙げさせていただきたい。


   鍵盤になき高音や死後の雪     鳥居真里子

   ちちははの恋し合ふ星凍てにけり   鈴木節子

   逝く人に言葉短かし寒昴      野村東央留

   裸木よ何も想はず咲きなさい    小田島亮悦

   オリオンに梯子を架けてゐるわたし  成田清子

   黒玉子まてまてそこは大枯野     村木節子

   オリオンを家にしてゐる家出の子   佐々木歩

   あさかげや千の個室の露むぐら   中島悠美子

   もののけもけものもひとも時雨ける  泡 水織

   枯れながらはちすのためてゆく光   島 雅子

   ひこばえの一枝も黄葉してゐたり   桐野 晃

   にはたづみ時雨の月となりにけり  三上隆太郎 

   綿虫や肩から胸に緩やかに      三野博正

   幽谷のここが入口烏瓜        岡本紗矢

   枯蟷螂斧のうしろに夕日落つ     近藤 萌



     撮影・鈴木純一「あじさゐの芽に刻まれし五月闇」↑

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