2021年3月15日月曜日

神野紗希「眠れない子と月へ吹くしゃぼん玉」(口語俳句振興会会報「原点」No.7)・・・


 口語俳句新興会会報「原点」No、7(主流社)、特集は「第3回口語俳句作品大賞 顕彰・記念(誌上)俳句大会」(主催・口語俳句振興会、後援・現代俳句協会)である。代表・田中陽の「あいさつ」に、


 作品大賞の杉本青三郎さん、そして、奨励賞六名のみなさん、おめでとうございます。コロナ禍のために、表彰式をこのような誌上大会に代えることにしました。(中略) 

 過去「口語俳句全国大会」は「天の川」吉岡禅寺洞の福岡で第一回を、そして五年前、「主流」地元の静岡にて最終の第六〇回大会を開催して来ました。

 今回は、口語俳句協会を口語俳句振興会と改称して以後の初めての(誌上)全国大会です。「協会」を振興会としたわけは、口語俳句は正真正銘の現代俳句であり、裏を返せば、現代俳句はもはや口語俳句によって表現されると言ってよいと思うからです。


 とあった。相変わらず、田中陽の熱情に溢れている。参考までに、愚生が特選に選んだ句と、選評を以下に挙げておこう。


    どうしようもない人間へ初日の出     暉峻康瑞

 一読、山頭火の「どうしようないわたしがあるいてゐる」の句が思い浮かぶだろう。つまり、この句は本歌取りの句である。そういう人間(わたし)にも、等しく初日の出は上るのである。山頭火と同じように、どうしようもなく、逃れられない人の営み、生活が描かれているのだ。三橋敏雄には「あやまちはくりかへします秋の暮」の句もある。それでも初日の出は上る。等しく生かされているのである。


 その他には、「誌上講演」として、神野紗希「コロナ時代を行く俳句」と渡辺誠一郎「ウイルスと俳句の現在と未来」。杉本青三郎の作品大賞「朝」20句と「受賞の言葉」、また、羽村美和子「口語俳句の醍醐味」、萩山栄一「コロナ差別と客観写生」、さいとうこう「コロナ時代を行く」、細根栞「奨励賞受賞」、鈴木和枝「自分への丸」などのエッセイが掲載されている。ここでは、神野紗希の講演の小見出し「4 コロナ禍での句作 肯定する力」の部分を引用しておきたい。


 新型コロナウイルスによって、私個人の生活も大きく変容せざるを得なかった。春の緊急事態宣言下は、保育園の登園自粛を求められ、朝から晩まで子どもと一緒。毎日、人混みを避けては、家の周囲や近所の公園で遊ぶ。

   ぶらんこの背押しつつ金がない      紗希  (中略)

 どこにも行けないので家の前でしゃぼん玉を吹いていると、道ゆく人が眉をひそめる。「やめてほしいな。あの子がコロナだったらどうするの?」しゃぼん玉に吹き込んだ息にウイルスが入っていたら、ということらしい。おいそれとしゃぼん玉も吹けない。コロナ時代はなんと厄介なことか。しょうがいので、なかなか寝かしつけのうまくいかない夜に、ベランダから小さな虹の玉を飛ばす。息子は「わぁ、きれい!」とはしゃいでいる。

   眠れない子と月へ吹くしゃぼん玉     紗希

 定職をもたない生活者として、子育て中の母として、疎外感を強く突き付けられるコロナ禍だが、社会から遠ざかった分、見えてくる風景もある。息子とゆっくり散歩していると、公園までの五分の道のりが、三十分の小旅行に変わる。たんぽぽにしゃがみ、空の雲のかたちを指さして、世界がぐっと近く感じられるようになった。 

   

 ともあれ、アトランダムになるが、本誌の文中より、いくつかの句を挙げおこう。


  埃を拭き取ったコンセントに頼る       無 一

  キルスとはお前か俺か怖(をぞ)や春    高橋睦郎

  一葉落つ疫病天に及びしか        渡辺誠一郎

  ペスト黒死病コレラ虎列刺コロナは何   宇多喜代子

  光り立つアマビエもがな春の海       関 悦史

  マスクしてあらざることを考ふる     雨宮きぬよ

  噴水の飛沫を浴びて帰りけり        仁平 勝

  元日やどこにもいかぬ顔洗ふ        小川軽舟

  飛んでいないと初蝶と見做さない     杉本青三郎 

  連行される男の肘に春の泥       きむらけんじ

  母はもう着ることのないシャツたたむ    鈴木瑞穂


         撮影・鈴木純一「春水を飲み忽然として鴉」↑

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