2021年3月16日火曜日

岡田一実「囀りの影といふ影天降(あも)りくる」(『光聴』)・・・

 


  岡田一実第4句集『光聴』(素粒社)、帯の惹句は岸本尚毅。それには、


この作者は、目に映り、耳に聞えるものを、ふつうの感受のしかた以上に克明かつ分析的に捉え、それをやや理屈っぽくも見える、解像度の高い言葉遣いで再構成する。

だが、決して「言葉だけで遊んだ俳句」ではない。生身で受け止めた世界の手応えを、徒労すれすれの誠実さと、いくぶんかの不器用さと生硬さをもって一句に仕上げる。その句はしばしば、今まで見たことがなかったような物事の相貌をみせてくれる。


 と記されている。また、著者「あとがき」には、


 前作『記憶における沼とその他在処』上梓以降、現場の理想化前の僅かな驚きを書き留めること、些末を恐れず分明判断を超えてものを見ること、形而下の経験的認識が普遍性に近づくその瞬間を捉えること、イメージを具象的言語表現で伝えることなどは山険しけれど古い方法ではなく、現代の俳句を切り開く方法の一つになり得ると思うようになりました。(中略)

 加えて、持病の幻聴がもたらす生きることの困難さと闘う日々でした。古今の俳句などに親しむことによって自分の俳句観が大きく変わっていくのを実感した時期でもありました。前作までは採らなかった編年体を、若干の構成も入れつつ、今作で採ったのは、この疫禍を挟み俳句をどう書いたのかの「私(わたくし)」の標がいるように思ったからです。

「記録」ではなく「書くことを書く」という俳句を記せていたら幸いです。


  とあった。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておこう。


   菊吸や茎に微塵のひかり入れ         一実

   鳰潜るときいきほひの少しかな

   あをうすき天たうきびの花もこゑ

   句を残すため中断の姫始

   幾風に廓や今し春の風

   水馬の水輪の芯を捨て進む

   蟭螟の羽ばたきに空(くう)うごきけり

   書を写す胡瓜のあぢを口中に

   銀河濃し酔の咫尺(しせき)に死を覚え

   いてあをば銀杏黄葉とうち鬩ぐ

  

 岡田一実(おかだ・かずみ) 1976年 、富山市生まれ。



    撮影・芽夢野うのき「烏の巣あさなあさなの朱は何処」↑

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