2021年3月23日火曜日

正木ゆう子「癌くらゐなるわよと思ふ萩すすき」(「禾」第9号より)・・・


 「禾」第9号(編集・折井紀衣)、その「あとがき」に、川口真理が正木ゆう子の句に触れて記している。


  さらさらとただ息をしてわらび野へ

 ああ、そうだったのだのだと思う。人間はただ、さらさらと息さえ紡いでおれば、それで良いのだ。やがて見える真に無垢なものだけ抱けばよい。〈わらび野〉という幻想のような澄んだ大地に読む者は導かれ、その読後感は実に爽やかで深い。 


 そして、もう一人の藤田真一は、菅茶山(かん・ちゃざん)について、


 一七四八年、広島の東部神辺に生まれる。生家の農のかたわら醸造の業をいとなむ。一八二七年焉命、行年八十の長命を保つ。儒及び詩をもって世に聞えたが、生涯官に仕えなかった。反面、誌友は全国に広がり、よく慕われた。

 ただ、家族には恵まれたとはいいがたい。(中略)

 そして、臨終にさいして、「臨終、妹姪(まいてつ)に訣(わか)る」の七絶を詠ず。

「身殲(ほろ)びて固(もと)より信ず百(すべ)てを知る無きを/那(な)んぞ浮生一念の遺る有らん/目下除非(ただ)妹姪を存す/奈何せん軟笑永く参差(しんし)するを」。

末句は、もう歓談することもできないね、の意。

 泪、滂沱たるほかなかった。


 と記している。この菅茶山には、農民一揆を詠んだ漢詩がある、思っていたのだが、愚生の記憶違いか、手元に何も無く、まったく探しあてられなかった。茶山は現在の福山市の人、かつて、愚生は、友人の校長先生に招かれて、福山市の高校の国語の先生たちを前にして、俳句についての講演をしたことがあった(今、思えば汗顔の至りだが・・)。愚生の俳句には無季も多くあったので、当然ながら、俳句と川柳の違いは何ですか?という質問もあった。ともあれ、本号の「禾」より、一人一句を以下に挙げておこう。


   吹越の鬣なせる神の山           中嶋鬼谷

   逢ふまでを人は歩めりいかのぼり      川口真理

   蜃気楼雪花菜(きらず)を提げて海の町   折井紀衣



                                      https://youtu.be/MSZ3vUqgdRk

★閑話休題・・・「3・18 原告勝訴!水戸地裁、東海第二原発運転差し止めを命じる!!」・・・



 愚生の昔からの友人である、嶋崎英治(三鷹市議)から「私も原告団の一人です」というラインが入った。詳しいことは知らないが、河合弘之弁護団長とあったので、現在、東京新聞夕刊に連載中の人、河合弘之「この道」であり、3月22日付けには、「福島原発告訴団」と題して、その結びには、


 原発の差し止め裁判をする弁護士は報酬ゼロで闘っています。着手金はないし、勝訴しても一銭ももらえない。でも、みんなそれぞれの正義感でやっています。僕は「この国をダメにしちゃいけない。守りたい」という愛国心で頑張っています。それだけなんです。


 と述べられている。「この道」によると、かつては、経営者側弁護士として辣腕をふるっていた河合弘之が、ある時、弁護活動のなかで懲戒処分をくらい、世界一周の旅に出る。帰国後、世の中のためになることをしたいと志し、その後、原子力問題で、高木仁三郎に出会い原発訴訟を引き受け、連戦連敗の裁判にもめげることなく、落ち込みながらも、10年前の東日本大震災の原発事故を目の当たりにして、自らの行く道の正しさに確信をもち、波乱の人生を生きて来たことを連載しているのだ。その島崎英治のラインの記事には、「避難ができないというだけで原発を止めた最初の歴史的判決だ!」とあった。



     撮影・鈴木純一「人を待つことも久しやトサミズキ」↑

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