2021年3月29日月曜日

中里夏彦「日没の/水を/離るる/魂 いくつ」(アンソロジー『東日本大震災と詩歌』)・・・

  

             

 

 アンソロジー『東日本大震災と詩歌』(日本現代詩歌文学館)、奥付の上段には、


 開館30周年/東日本大震災発生から10年

 あの日から、明日へ

 アンソロジー/東日本大震災と詩歌

 令和2年度特別企画展/同3年度常設展/大震災と詩歌

 会期 2021年3月9日(火)~2022年3月13日(日)

    休館日=12月~3月の月曜日、年末年始

 会場 日本現代詩歌文学館展示室 / 入場料 無料


 とあり、館長・高野ムツオの挨拶には、

 

 (前略)展示では東日本大震災はもとより現代の都市型大震災である阪神・淡路大震災など、さまざまな震災の下で生まれた詩歌に焦点をあてました。アンソロジーには東日本大震災を契機として発表された詩歌を、当館ゆかりの皆様のご協力を得て収録いたしました。

 自然災害は、未来に向けてどう生きるべきかという厳粛たる課題を突き付けました。特に福島第一原子力発電所の事故は、自然が人間に向けた黙示です。新型ウイルスによる感染も我々に向けられた大きな試練といえます。震災を契機に生まれた多くの詩歌と心で語り合いながら、あるべき明日を思索してまいりましょう。


 とあった。

             

 

 ブログタイトルにした句の作者・中里夏彦は、原発から数キロ地点の双葉町に住んでいた。従って、家も墓もそのままにして、年老いた親と子を連れて、一時、埼玉県の避難所に居た。10年後の現在も帰還できずにいる(いや、原発からの距離を思うと帰還は今後も困難だろう)。今、彼は郡山に居て、復興事業に取り組んでいるらしい。本図録の彼のコメントには、


 東日本大震災に起因する原子力発電所の暴走。あの日とは私にとっては平成二三年三月十一日。あの日以来、私の中で大切な何かが永遠に失われた。その想いは轟然たる津波の後に訪れた静謐な時間の中で、何度も何度も押し寄せて来る。その波打際に、いま佇立している。


  滄海(さうかい)

  波立(なみだ)

   なみだ

  生きてゆくのだ        夏彦


 と記されている。本書は、短歌・俳句・川柳・詩(詩については、長さの制限をもうけた)作品の自選・推薦作品と展示図録からなる。ともあれ、ここでは膨大な作品の多くは紹介しきれないので、愚生の所属する「豈」同人のみの作を引用しておきたい。


  二千十一年三月十一日 一万八千四百四十九人の未遂の晩餐   藤原龍一郎

  春の地震などと気取るな原発忌      山﨑十生

  春寒の灯を消す思ってます思ってます   池田澄子

  土台ばかりを兄貴の家と言ふ蝶よ     橋本 直

  胞衣を脱ぎ原子の灯煌々と        高橋修宏

  つながって握りしめたる龍の玉      加藤知子

  鳥帰る棺の形の貯水槽          須藤 徹   

  かたちないものもくずれるないの春    大井恒行



    撮影・鈴木純一「芥子一粒また来るときの印にする」↑

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