2020年5月31日日曜日

池田澄子「生き了るときに春ならばこの口紅」(『此処』)・・・




 池田澄子第7句集『此処』(朔出版)、集名に因むような句がいくつかある。例えば、

   此の世の此処の此の部屋の冬灯       澄子
   こころ此処に在りて涼しや此処は何処
   秋蝶のゆきどころないように其処
   また此処で思い出したりして薄氷
   柚子の皮刻み此の世よ有り難う

 「後記」の中に、

 八歳の夏、かの戦争で父を奪われ、人は死ぬ、死は絶対であると知って以来、此の世の景の儚さを忘れることができない体質になったようだ。偶々人に生まれ多くの人に出会い、その先にある別れの怖ろしさに、一瞬の現象をも含め様々の出会いを深く意識し、別れを怖れる自分をも眺めながら生きてきたようだ。二〇〇一年に師が逝き同じ年に育ての父が、そして母、そして夫が逝った。逆縁は許さぬと夫々に申し付けてあるので、あとは自分の死だけである。
 自分の死は怖くない。

とあり、

 (前略)そしてある日、思い付いてしまった。句集を纏めることで自分を区切り、僅かの未来を、死別に怯えずに一度生きてみたいと。

 とあった。 池田澄子も思えば遠く来たものだ。中原中也は、続けて、「十二の冬のあの夕べ」と詠ったが、池田澄子は、さしずめ「八歳の夏の夕べ」だったのだ。とはいえ、愚生はまだ未練たらたら、此の世に執着して、「生きてゆくのであらうけれど/遠く経てきた日や夜の/あんまりこんなにこひしゆては/なんだか自信が持てないよ」である。
ともあれ、集中より、愚生好みの句をいくつか、以下に挙げておきたい。

   空気より大地儚し鳥の恋
   三月十一日米は研いで来た
   大雑把に言えば猛暑や敗戦日
   天高く柱燃えたり流れたり
   ゆく河も海もよごれて天の川
   敏雄忌の鈴に玉あり鳴らしけり
   踊り場で家人と会いぬ遠花火
   生まれ順死に順返り花真っ赤
   三月寒し行ったことなくもう無い町
   冷蔵で供花着くメッセージも冷えて
   行きたくない処へ行く日茄子の花
   さくらんぼ彼の世も時の流るるか
   海底は渚に尽きて天の川
   この家も遺影は微笑ささめ雪
   
 池田澄子(いけだ・すみこ) 1936年、鎌倉市に生まれ、新潟で育つ。






    撮影・鈴木純一「あとはもう蛍袋も待つばかり」↑

1 件のコメント:

  1. 大井さま。東野です。「獣園」の月沼特集の号をお持ちでしたら、そのコピーをいただけたらと願っています。

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