2022年12月4日日曜日

さとう野火「白く生まれ馬酔木花房陽を散らす」(真如堂・さとう野火墓)・・・

 



  昨日、12月3日(土)は、かねてより墓参を思いながら出来ずに、今日になかったが、少し身軽に動けるようになった愚生は、思い切って、野火さんの奥さんに電話し、そのありかを訪ねた。場所は、京都は真如堂法輪院。持参した野火句集『五年日記』(東京四季出版・平成19年刊)を供えた。同行した野火元夫人の城貴代美は野火さんが好きだったビールを供えた。

 さとう野火の本名は佐藤浩(さとう・ゆたか)、1940年、大分県竹田市生まれ、2012年7月26日に死去。享年72。法名は大誉野火浩照居士。俳句は山口草堂「南風」に師事し、立命館大学俳句部を創部した。部の顧問は国崎望久太郎・松井利彦。1970年に、愚生や久保純夫、土井英一、東野利行(月沼)、城貴代美、岡田耕治などと、戦無派集団・同人誌「獣園」を創刊した。京都新聞社を定年退職したのちは、梶山千鶴子「きりん」に師事した。

 巡り合わせか、運よく、京都は紅葉の真っ最中。愚生が3年間を過ごした頃と違って(半世紀前)、すっかり様変わりし、観光客であふれていた。が、思わぬ紅葉狩りを楽しむことができた。



             

      真如堂・去来句碑「涼しさの野山に満つる念仏かな」↑


        


             真如堂社務所にあったフジバカマ↑
















月刊「ひかり」(西山浄土宗総本山光明寺護持会)の選者・城貴代美「西山俳壇」↑

 ともあれ、『五年日記』から、いくつかの句を抽いておこう。

  日の丸も仏壇もなしおらが春      野火
  逃亡の脈絡もなし春の夢
   西山浄土総本山光明寺
  遠近に鶯鳴かす光明寺
  冷し酒わが半生の誤字誤植
  黄落の風筋高し鹿の耳
  茜雲芭蕉が枯野どのあたり
  なすことのまだあり五年日記買ふ

  

     撮影・中西ひろ美「約束の場所はいつもの小春かな」↑

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