永野シン第二句集『桜蘂』(朔出版)、序文は高野ムツオ、その結び近くには、
一気とは恐ろしきこと散る銀杏
だんご虫よわれも必死ぞ草を引く
春疾風この地捨てざる貌ばかり
永野シンの真骨頂はこれらの句にあろう。長寿社会と言われる今日でも、長生きはやはり得がたい天恵に変わりはない。しかし、同時にそれは、来るべき日に向かって老いと孤独と、そして、自分自身と闘いながら、もがき生きることに他ならない。これらの句には、その重い命題から目を逸らすことなく一途に懸命に生きようとする姿が刻まれている。
と述べられている。因みに集名に因む句は、
桜蘂踏みて越え来し母の齢 シン
である。ともあれ、以下に、集中よりいくつかの句を挙げておきたい。
手熨斗して二月の風をたたみけり
百句捨て百一句目は秋のバラ
目の前はがれき山積み初日の出
雲の峰きりんの舌がまた伸びる
うしろより秋風の来る夫の忌来る
この世しか知らずに生きて秋夕焼
無駄な燈を消してひとりの終戦日
鏡には映らぬ病冬座敷
王冠は壜にもどらず朱夏至る
冬薔薇杖がわたしの翼です
もう一泊せぬかと熊に誘われる
今も帰還困難区域雪ばんば
雪代のどこ曲っても夫が居る
永野シン(ながの・しん) 昭和14年栃木県黒羽生まれ。
★閑話休題・・・𠮷野秀彦「ウブスナヲヨゴシステヨトハルミタビ」(『音』)・・・
「小熊座」「朔出版」つながりで、𠮷野秀彦第二句集『音』(朔出版)、序文は高野ムツオ。その帯の惹句には、
一茶ゆかりの炎天寺住職𠮷野秀彦の俳句には、何とも言えない温もりがある。生き物すべてを優しく見つめ包み込む豊かさがある。春の夕闇に湧き上がり、いつまでも続く蛙の声のようだ。氏がこよなく愛するロックの響きのようだ。
とある。また、著者「あとがき」に、
題名は「音」とした。こよなく愛する音楽のことだけではない。川のせせらぎ、鳥の囀り、葉の擦れ合う音、温もりになる人の声。この世に存在するすべての音やその音源が愛おしい。それがこの句集の題になった。
東京に捩じる形や春嵐 秀彦
死の次の流転の色や仏桑花
待春の静脈は青髪を切る
糸遊やボウイの口が阿の形
火星まで何千万キロほうたる来い
若葉光鉄橋下は水の国
迎えなき下品下生の身に残暑
𠮷野秀彦(よしの・しゅうげん) 昭和34年生まれ。
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